Ned Henry
『ジャンル別 洋書ベスト500』で素晴らしいSFのシリーズである『Oxford Time Travel Series』(著者:Connie Willis)の最新刊『Black Out / All Clear』をご紹介したが、紙幅の都合でシリーズの素晴らしさをしっかりと伝えられないのが残念だった。それを補うために、ここで詳しくご紹介したい。
Oxford Time Travel Series(オックスフォード大学史学部シリーズ)とは?
ジャンル:SF(タイムトラベル)/時代小説
適正年齢:PG12(中学生以上)
アメリカ人作家Connie WillisによるタイムトラベルSFのシリーズ。
この実習では、歴史学者がその当時の人物のふりをして生活に入り込み、実体験を通して歴史を学ぶ。そうすると、過去を変えると未来が変わる「タイムパラドックス」が心配だが、タイムそのものに予防作用があり、タイムパラドックスが起きる可能性がある時間を設定するとslippage(タイムスリップ)が起きて設定以外の最も近い時間にトラベラーが送り込まれるのである。少なくとも、それが現時点での有力な説だった。
オックスフォード大学史学部のタイムトラベルプログラムの責任者Mr. Dunworthyは、一見気難しい学者風だが、実は学生への思いやりがあり、学生はときおり「過保護だ」と評価している。このシリーズの全てに登場し、シリーズを繋ぐ重要な人物。
それぞれの作品での主人公は異なる学生。
タイムトラベルでそれぞれの時代の風俗喜劇(comedy of manners)を楽しむのが、オックスフォード大学史学部シリーズの醍醐味であり、ダイ・ハードなSF好きよりも歴史小説好きに向いているかもしれない。主人公たちと一緒に過去の人々の暮らしを調査する旅に出て、思いがけないことに出会うスリルが興味深く、作品によっては辛く悲しいこともあるが、それも楽しめる。
1. Fire Watch(1982)
キーワード:ロンドン大空襲(The Blitz)
賞:ヒューゴー賞、ネビュラ賞(Novella部門)。
オックスフォード大学史学部の学生Bartholomewは、最初のタイムトラベル実習として、The Blitz(ロンドン大空襲)の最中のセントポール大聖堂でFire Watch(火災の監視)をすることになった。四角四面で人情などのニュアンスが理解できないBartholomewだが、過酷なThe Blitzを当時の人々と一緒に体験してすっかり変わる。実習の終わりには、歴史は有名な英雄ではなく、名も無き人々によって作られているのだと痛感する。
短篇集『Fire Watch』に収められている。
2. Doomsday Book(1992)
キーワード:14世紀英国、ペスト大流行、泣ける本
賞:ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞受賞
ページ数:592(ペーパーバック)
空席の史学部長の役職を一時的に埋めているGilchristは、無知なくせに特権を乱用して名を馳せようとしており、指導している女子学生のKivrin(短編のFire Watchにも少し登場)を1320年のオックスフォードに送り込むことを決める。だが、それはヨーロッパの人口の1/3から半数が死んだペスト大流行に近く、しかも女性が一人旅をする習慣がなかった時代である。「危険すぎる」とMr. Dunworthyは反対するが、典型的な管理職体質のGilchristは彼の反対を無視し、Kivrinを14世紀に送り込む。
(次はネタバレなので白地にしています。カーソルで範囲を指定すれば読めます)
ペストが大流行する前の時間を設定していたのだが、なぜかKivrinはペスト流行寸前のオックスフォードに送り込まれてしまう。しかも、彼女が出かけたとき、現在のオックスフォードで死亡率の高いインフルエンザが流行しようとしていた。
「死」と背中合わせになった14世紀と21世紀後半の人々の行動、心情などの詳細が興味深く、深く心打たれる。
この作品で初登場した少年のColinが、Blackout / All Clearでは重要な役割を果たす。
中短編のFire Watchを読まずに、本書から初めてもよい。
3. To Say Nothing of the Dog(1997)
キーワード:ヴィクトリア朝英国、ユーモア、『ボートの三人男(Three Men in a Boat:To Say Nothing of the Dog)』
賞:ヒューゴー賞、ローカス賞
ページ数:512(マスマーケット)
アメリカ人の大富豪で新貴族階級のLady Schrapnellは,The Blitz(ロンドン大空襲)で焼失したコヴェントリー大聖堂の再建に燃え、オックスフォード大学史学部を振り回していた。その犠牲になっている学生Nedに休息を与えるために、Mr. Dunworthyは彼をヴィクトリア朝に送り込む。
あまりにも多くのタイムトラベルで「時差ボケ」になっているNedは、テームズ川でボートに乗り込むという任務の一部は覚えていたのだが、何をしに来たのか思い出すことができない。そこで出会ったオックスフォードの学生Terence St. Trewesと彼のブルドッグCyrilと一緒にボートに乗り込み、川を旅しているときに教授のPeddickを救い、一緒にTerenceが恋に落ちた女性Tossieの邸宅に滞在することになる。Tossieの従姉としてその家にいたのはオックスフォード大学史学部から来ているVerityだった。
VerityがTossieの猫を未来に持ち帰ってしまったために過去が変わってしまった可能性があり、NedとVerityは何とかそれを是正しようとする。
英国の古典ユーモア小説『ボートの三人男(Three Men in a Boat:To Say Nothing of the Dog)』をインスピレーションにした作品で、彼らも登場する。
前作のDoomsday Bookとは全く異なる雰囲気の作品で、ユーモアが楽しく、ロマンチックで、読後感が良い。
深刻な作品が苦手な人は、オックスフォード大学史学部シリーズの中で、本書をおすすめする。他の作品を読んでいる必要はない。
4. Blackout/ All Clear(2010)
キーワード:第二次世界大戦時の英国、ロンドン大空襲、勇気、人情、ロマンス、泣ける本、心温まる本
賞:ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞受賞
ページ数:Blackout(512、ペーパーバック)、All Clear(656、ペーパーバック)
2060年、オックスフォード大学史学部でタイムトラベルに異常があることに気づいたMr. Dunworthyは、学生たちのプロジェクトを大きく変更した。だが、変更のために混乱が生じ、学生たちはその理由も知らぬまま、次のタイムトラベルに出かけた。
MeropeはMaryという名で田舎の屋敷のメイドとして学童疎開してきた子どもたちの面倒をみていたのだが、観察を終えても戻れなくなる。また、真珠湾攻撃を観察するためにアメリカ訛りをインプラントしていたMichaelは、突然ドーバー行きを先にされてしまい、仕方なくアメリカ人記者のふりをすることになる。そして、「タイムパラドックス」を避けるために行けないはずの西部戦線のダンケルクの戦いに関わって人命を救い、歴史を変えてしまう。
Doomsday Bookで小学生だったColinは17歳の高校生になっており、彼が恋している年上の女性Pollyは、大空襲で灯火管制(Blackout)中のロンドンを体験していた。Colinは自分がタイムトラベルをして彼女との年齢差をなくそうと計画していたが、Pollyは第二次世界大戦中のロンドンに閉じ込められ2060年に戻れなくなる。
Merope(Mary)、Michael(Mike)、Pollyの3人は、互いをみつけ出し、助け合いながら一緒に未来に戻る方法を考える。Fire Watchの主人公Bartholomewも少し登場する。
今回の作品がこれまでと異なるのは、タイムトラベルの理論を覆す部分があることである。そして、これまで以上に過酷で、切なく、ロマンチック。
これらは2つの本だが、実際には1つの小説といえるので併せて紹介する。
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