著者:Bea Johnson
ペーパーバック: 304ページ
出版社: SCRIBNER TP
ISBN-10: 1451697686
発売日: 2013/4/9
適正年齢:PG10(小学校高学年以上)
難易度:中級レベル(フランス人の著者が書いた英語なのでシンプル)
これを読まずして年は越せないで賞候補(ちょこさん推薦)
フランス生まれの著者Beaは、アメリカ人のScottと出会って結婚し、カリフォルニアに移住してからは、典型的な金持ちのカリフォルニアライフを謳歌していた。だが、その生活に疑問を抱き始めたふたりは、ゴミ(waste)を出さず、無駄(waste)がない生活に切り替えることにしたのである。
大邸宅から半分のサイズの家に移り、Refuse,Reduce,Reuse,Recycle,Rotの5R生活をすることで、夫婦と息子2人のJohnson家から出るゴミは、1年にたった1リットルになった。これは凄いことである。誰でもその方法を知りたくなるだろう。
環境を守るためにRecycleがよく強調されるが、著者はそれは小さな部分だと言う。最も重要なのが不要なものを拒否(削除)する「Refuse」なのである。refuseするべきものには、プラスチックのディスポーザブルスプーンやカップ、ホテルのミニシャンプー、お出かけやピクニック用に作られたミニサイズのスナック菓子、ジャンクメール(チラシやパンフレット)がある。
次に重要なのが「Reduce」である。どうしても必要なものについては、これまでの購入方法と消費を分析して、その量を減らす努力をする。
そして、次が「reuse」再使用である。買い物のときには、再使用できる容器で買い、プラスチックのゴミが出ないようにする。足りないものは貸し借りしたり、中古を買ったり、修理したりする。お店が再使用できるものなら、返還する、などだ。私が子供の頃は、日本では鍋などの容器を持ってお豆腐屋さんに行くのが常識だったが、それと同様の考え方である。再使用できるチェックリストには、トートバッグ、ジャー、グラスボトル、布のナプキン(欧米人は食事のときにナプキンを使うから)などがある。
そして、refuse, reduce,reuseできないものだけを「Recyle」に出す。最後が生ごみをコンポストにする「Rot」である。
本書は、これまで疑問を抱いたことがなかった人やゴミを減らしたいけれども方法を思いつかなかった人には良い内容だと思う。また、BeaやScottのように本を執筆したり、テレビ出演してRefuseやReuseのアイディアを広めてくれる人がいるおかげで、アメリカのスーパーマーケットがReuseに積極的になっていたのは喜ばしいことである。本書に登場するバルク(大量に買うという意味のバルクではなく、パッケージされていないナッツ、米などを欲しい分量だけ持参した容器に入れて買うという方法)は、私が食料品を買うWholeFoodsマーケットではすでにあたりまえの方法になっている。それは、彼女のような活動家が思想を広めたからである。
だが、正直を言うと、本書に対しては不満や疑問、そして居心地の悪さも感じた。
私の抱く「居心地の悪さ」は、無宗教で育った人が突然宗教に目覚めて極端すぎるほどの信者になってしまったのを見るときの感覚に近い。本書で告白しているように、Beaは大邸宅に住み、2台の車を持ち、(30歳になったばかりなのに)眉間にシワ取りボートックスをして、唇を魅力的にするためにシリコンを注入するような生活をしていたのだ。それなのに、ある時突然目覚めて、極端に変わり、爪楊枝まで再使用できるものに変えるよう説くようになったのである(ところで、わが家には日本を離れる前(20年前)に買った爪楊枝のパッケージがまだある)。
家族のライフスタイルにあった犬を飼うというのは、犬にとって重要なことである。だが、著者は、Zero Wasteのために大型犬ではなくチワワを選んだのである。それを説明した「Zero Waste Dog」の部分(p157)には、動物好きとして、なんともいえず嫌な印象を抱いた。
Green Giantから賞を受けたときのエピソードにもカチンときた。自分の活動のための資金を提供されるのは嬉しいが、トロフィーは(無駄なものなので)拒否したいというものである。息子が喜ぶので受け取ったものの、後にその興奮がさめた息子が「返却したい」と言い出したら、嬉々としてそれを励ますのである。ゴミをゼロにするためなら、他人の心を気遣わず、自己チューになってもいいという教育方針は、「環境保護スノッブ」だと思う。そこまでするなら、ゴミを沢山作っている大企業のGreen Giantからの資金提供もrefuseするべきじゃないかと私は思うのだ。
私もわが家のゴミが多いことにはうんざりしているし、生活をシンプルにすることには大いに賛成である。だが、それが人生の中心になり、自分の存在意義になってしまうのは、私にとっては人生のWasteに思えてしまうのだ。
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