私にとってマーガレット・アトウッドは、本当に複雑な作家です。
登場人物には感情移入させてもらえないし、読後に「どよよ〜ん」とすることが分かっている。それなのに、なぜか新しい本が出るたびに手に取ってしまい、「これから、悪いことが起きるぞ〜。どんどん悪くなるぞ〜」と思いつつも途中でやめられず、最後まで読んでしまう。そして、ふたたび何日も「どよよ〜ん」としてしまうのであります。
その究極の作品が、10年かけて完結した三部作の『MaddAddam Trilogy』かもしれません。
混沌としたこの三部作を説明するのはとても面倒なのですが、アトウッドがノーベル文学賞を受賞することを期待している私としては、この大作を無視するわけにはゆきません。ちょっと努力してみることにしました。
慣れていない人には理解しにくいと思いますので、少々ネタバレいたします。
1.Oryx and Crake
ペーパーバック: 416ページ
出版社: Anchor
ISBN-10: 0385721676
出版年:2003
難易度:最上級(ネイティブでも入りこみにくい)
適正年齢:R(アダルト/バイオレンス)
ジャンル:スペキュラティブ・フィクション(著者自身による)、文芸小説、現代小説、風刺小説
大惨事で人類がほぼ全滅し、文明が崩壊した地球で物語が始まる。
その大惨事を生き延びた男「Snowman」は、遺伝子操作で作られた新人類の「Craker」たちから宗教の指導者的な扱いを受けている。
かつてSnowmanはJimmyという青年であり、Crakerを創り出したCrakeは、Jimmyの幼馴染の天才科学者Glennだった。
大惨事が起こる以前には、食料、サプリメント、医薬品などを製造するバイオ産業が世界を支配しており、それらの国際的大企業に務める者たちは、贅沢な暮らしができるが、壁に囲まれて常に監視されている居住区(Compound)に住んでいた。それ以外の者たちが住むのは、犯罪が蔓延するPleeblandsという貧困地帯である。
両親がバイオ企業(Corps)に従事する科学者であるために居住区で知り合ったJimmyとGlennは、MaddAddamというハンドル名の者が運営するExtinctathonというオンラインゲームにはまりこむ。Jimmyがやめてしまった後もGlennはゲームを続け、グランドマスターになる。
バイオ産業の悪事と人類による自然破壊を敵視するMaddAddamは、遺伝子操作で異様な能力を持つ動物や微生物を作り出し、支配者階級やバイオ企業を攻撃し始める。
いっぽうCrakeと改名したGlennは、草食で、争いを嫌い、嫉妬がない人類Crakerを創り出す。そして、ティーンの時にJimmyと一緒にオンラインポルノで見つけて執着心を抱いた少女(と思われる)を探し出してOryxと命名し、Crakerたちの世話役にする。だが、JimmyもOryxに恋をしていたのだった...。
2003年カナダ総督賞受賞作で、ブッカー賞最終候補になった作品。
バイオ産業や医療技術の発達に倫理面での議論が追いついていないのが現状である。利益が優先される企業体質がそれに加わると、私たちの未来は容易に崩壊する可能性がある。そういった現状に警鐘を鳴らす作品である。
2.The Year of the Flood
ペーパーバック: 448ページ
出版社: Anchor; Reprint版
ISBN-10: 0307455475
発売年:2009年
難易度:最上級(ネイティブでも入りこみにくい)
適正年齢:R(アダルト/バイオレンス)
Oryx and Crakeではバイオ企業のCompoundの壁の中が主な舞台だったが、この巻では壁の外のPeeblandsが舞台。
Adam Oneが作った自然崇拝の新興宗教God's Gardenersはスラム街に本拠地を置き、男性のリーダーたちはAdam、女性のリーダーたちはEveと呼ばれていた。彼らは、自然と生き物を愛して共存し、テクノロジーを憎み、暴力を避けることを教えていた。
彼らは疫病で人類がほぼ死滅した大惨事のことを、旧約聖書の洪水にちなみ、「Waterless Flood(水なしの洪水)」と呼んでいた。
Adam Oneの腹違いの弟Zebは、最初はGod's Gardenersの一員だったが、Adam Oneの平和的な戦略に反対し、賛同者をひきつれ、MaddAddamのチャットルームを介してCorpsに対してバイオテロを行う。
Zebが去った後、彼を密かに愛していたEveのTobyは、命からがら逃げてきた元God's GardenersのRenを解放する。Renは、ティーンのときにつき合ったJimmyに捨てられ、その後性風俗産業で働いていたが、友人のAmandaに救われて逃げ出すことができたのだ。けれども、Amandaは娯楽の戦いのために改造されたPainballersに襲われて誘拐されてしまう...。
話があちこちに飛ぶし、構成が混沌としていて状況が把握しにくい。だが、都合よく展開するディストピアYA小説とはそこが異なり、かえってリアリスティックに感じる。
3.MaddAddam
ハードカバー: 416ページ
出版社: Nan A. Talese
ISBN-10: 0385528787
発売日:2013年9月3日
難易度:上級(最初の2巻に比べると、とても読みやすい)
適正年齢:R(アダルト/バイオレンス)
TobyがCrakerたちのリクエストに答えて物語を語る形で進行する。
最初の2巻に比べると非常に読みやすく、プロットもシンプルである。
バイオレンスはあるが、前回ほどではなく、無垢なCrakerたちの誤解と、それに対するTobyの回答など、笑えるところが沢山ある。
これまでに生まれたすべての疑問に答えが出るのは良いのだが、あまりにもまとまりすぎた感はある。
切ないが、アトウッドにしては希望に満ちた楽観的な終わり方である。
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