George R.R. Martin
エピック・ファンタジー/戦国物語/魔術
シリーズの5作が、ローカス賞、ヒューゴ賞、ネビュラ賞、世界ファンタジー賞などの受賞作、あるいはノミネート作品になっている。
epic fantasyとかepic Science Fictionという表現がありますが、それらは、古典の叙情詩のように壮大な物語という意味です。
古典の英雄物語のように登場人物が沢山出て来て、闘いがあり、長く続くという意味でも、MartinのSong of Ice and Fireはれっきとしたエピックです。元々は3巻の予定だったということですが、今までに5巻が発売され全部で7巻になる予定です。
この『A Song of Ice and Fire』シリーズの舞台になっているのは、海を隔てた Westeros と Essosというふたつの大陸で、時代は中世(ファンタジーの舞台はだいたいこの時代です)です。特にSeven Kingdom(七王国)があるWesterosが中心になっています。
まだ小説に書かれていない情報があるためにオフィシャルな地図ではないのですが、著者 George R.R. Martinの許可を得て http://www.sermountaingoat.co.uk/ が作り上げた下記の地図が近いもののようです。
●簡単な導入部分のあらすじ
Westeros大陸にあるSeven KingdomはTargaryen家が300年近く支配してきた。国王が住む国家の首都Kings’ Landingは南に位置しており、北部ではWinterfellのStark家が影響力を持っていた。
Robert Baratheonと婚約していたLyanna Starkが、国王Aerysの息子で王子のRhaegar Targaryenに誘拐され、それに抗議したStark家の領主と長男はAerysに処刑された。国王の狂気と残虐さに怒った領主たちが謀反を起こし、AerysとRhaegarは殺害され、歴史で最も長く君臨したTargaryen家はほぼ壊滅状態になる。
謀反を指揮したRobert Baratheonは、素晴らしい戦士であったが国を統治することには興味がなく、15年続いた平和は危うい状態になっている。
Robertの”Hand of the King( King's Hand)”(国王の代理人、最も強力なアドバイザー)だったJon Arrysが急逝し、RobertはWinterfellまで自らおもむき、親友のEddardにHandに就任してくれるよう依頼する。
「私のいるべき場所はWinterfellだ」といったんは断るつもりでいたEddardは、妻のCatelynに説得されてしぶしぶこの役を引き受ける。
これが引き金になり、seven kingdomは血みどろの闘いに巻き込まれて行く。
いっぽう、Targaryen家で唯一生き残ったAerysの息子Viserysと娘DaenerysはEssosでに逃げ延びる。Targaryenを復興しようと企むViserysは妹のDaenerysを好戦的な民族Dothrakiで巨大な戦力を持つDrogoと結婚させる。
●このエピックの魅力
HBOのテレビシリーズでこのエピック・ファンタジーを知った人は、「セックスシーンたっぷりの戦国物語」というとらえ方をしているのではないかと思います。
本との差をチェックするためにDVDをひとつだけ観たのですが、そのあたりを強調しすぎている印象がありました(このシリーズをずっと観ている方の意見では、そうではなく、面白いようです)。
たしかに、娼婦はぞろぞろ出てくるし、戦士によるレイプは日常茶飯事のようにちりばめられていますが、単刀直入すぎて”セクシー”でも”エロチック”でもありません。
それと同じくらい単刀直入なのが残酷さです。しょっちゅう首が飛びますし、その対象は子どもでも大人でも無関係。
重要人物だと思っている人でも突然死にますから、読者はまったく安心できません。
『A Song of Ice and Fire』は綿密に構成された壮大なる叙情詩です。
第一巻だけを読むと、架空の王国が舞台の中世の戦国期のようです。王や貴族たちが、権力のために策略を練り、忠誠心と生き残りを秤にかけて同盟を結びます。誰を信じ、どう行動するのかで、本人だけでなく、国の未来が変化しかねないのです。ひとりの小さな決断が、ドミノのようにいろいろな影響を及ぼしてゆくところに息を飲みます。
でも、ファンタジーですから、戦国物語だけではありません。
Seven Kingdomのある大陸 Westeros には、かつてChildren of the Forrestと呼ばれるミステリアスな人々が住んでおり、他の大陸から渡って来たThe First Menとの闘いの末に和解したという歴史があります。
北にある巨大な氷の壁The Wallや、北部を統括するWinterfellと森との密接した関係には、民話化したこの歴史が深く関係しています。
「壁の北にあるものは何なのか?」
このあたりの謎が、今の戦闘にどう関連しているのかが少しずつ明らかにされてゆくのも癖になる面白さです。
著者が作り上げた世界そのものが興味深く、貴族たちの策略には歴史小説を読んでいるような面白があります。だからこれほど人気があるのでしょう。
多少苦労しても読む価値はあるエピックです。
ただし、同じように複雑な世界を作り上げている(そして長い)The kingkiller chronicle (第一巻 The Name of the Wind)の質には及びません。The Kingkiller chronicleは、文章表現の素晴らしさや、登場人物の複雑さ、知的な内容が揃った非常に稀な作品ですから仕方ないことですが。
邦訳版も出ているので英語が読めない方はそちらをお読みください。でも、登場人物や地名などがカタカナや邦訳になってしまうことで、そこに込められた意味とイメージを失ってしまうのが残念です。The Name of the Windもそうでしたが、小説の雰囲気がすっかり変化してしまいます。そもそも、伝統的に魔法では「名前」は非常に重要なものなのですからね。
英語に自信がない方は、邦訳版と併読してみてはいかがでしょうか。
名前は重要なので、下記の登場人物は英語のスペリングのままにしました。
●主要人物(最初の2巻のみ)
王家
Robert Baratheon, 国王
Queen Cersei, Lannister家の長女でRobertの妻。Kingslayer(王殺し)というニックネームのJaimeは双子。
Joffrey, Robert BaratheonとQueen Cerseiの長男で世継ぎ。王の意図でSansa Starkと婚約。
Stark家
北部で最も有力な家系で、伝説のChildren of the Forrestとも深い関係にある。
Eddard Stark,北部の総監でWinterfellの領主。国王Robertから”Hand of the King” に任命された。忠誠心や正義を尊び、厳しいが清い人格で知られる。
Catelyn, Tully家の長女でEddardの妻。
Robb, Stark家の長男で跡継ぎ。
Sensa, Stark家の長女。美しく、女の子らしい。
Arya, Stark家の次女。Jon Snowと最も仲がよく、男っぽい。
Bran, Stark家の次男。
Rickon, Stark家の三男で末っ子。
Jon Snow, Eddardの私生児。生誕に秘密がある。
Lyanna, 亡くなったEddardの妹。Robert Baratheonが愛していた婚約者。
Baratheon家
Renly, Robert とStannisの弟で、三男でありながらBaratheon家の領土Storm’s Endの領主。ハンサムでチャーミングだが、深慮に欠ける。
Stannis, Robert の弟でRenlyの兄なので、本来であればBaratheon家の跡継ぎである。その地位がRenlyに与えられたことや、内戦のときに兄を助けたのに感謝されないことを恨んでいる。頑な性格で人望がなく、兄から嫌われている。
内戦中に自ら占拠したTargaryen家の領土Dragonstoneを拠点にしている。
Lannister家
Tywin, 領主。前王の”King’s Hand”でありつつも内戦で権力をのばした策略家。
Jaime, Lannister家の長男だが、王を守るKnightになったために、正式にはLannister家の跡継ぎの資格がなくなっている。
Tyrion, Lannister家の次男で末っ子。小人症で、左右の目の色が異なる奇形のため、人々からImpと呼ばれて忌み嫌われ、父のTywinと姉のCerseiからも冷たく扱われている。知識と智慧があるが、家族からは尊重されていない。
Targaryen家
Viserys, Rhaegarの生き残った弟で、Targaryen家の跡継ぎ。
Daenerys, Viserysの妹。内戦のときに逃げ延びた母から生まれた。兄のViserysが戦力を得るための策略として、DothrakiのKahl Drogoに14歳で嫁がせられる。
Aegon VI, Rhaegarの息子で、内戦のときに殺害されたことになっている。
Grayjoy家
Balon, Iron IslandのPykeの領主。前王Targaryenに使えており、ストーリーが始まる10年前にBaratheonに対して謀反を起こして失敗した。跡継ぎの長男を失い、当時10歳の次男Theonを、Stark家に”guest”という名の捕虜として引き渡すことになった。
Theon, Stark家でRobbと兄弟のように育てられたが、いつかGrayjoy家を継ぐことを夢見ている。
Asha, Balonの娘でTheonの姉。航海と戦略に長け、父から信頼されている。
王宮の枢密院と士官
Petyr Baelish, “Little Finger”というニックネームで知られるSeven Kingdomの財務担当者で、野心家。Catelyn Starkの幼なじみ。
Jon Arryn, 急死した”King’s Hand” 。妻のLysaはCatelyn Starkの妹。
Varys, “Spider”というニックネームの宦官。スパイを多く持ち、策略家として知られる。
Pycelle, 医療を含めた学問を極めたGrand Maester、数々の王に使えて来た。
Ser Barristan Selmy, Boldというニックネームで知られ、尊敬されている勇敢な騎士。
Ser Ilyn Payne, 処刑係の“King's Justice”。前王に舌を切り取られたためにmuteになっている。多くの人々から怖れられている存在。
The Night Watch,
北部にある巨大な氷の壁The Wallを見張る役割。
貴族の志願者(あるいは、領主が命じて送る場合もある)、犯罪者など出身にかかわらず同等の役割を与えられる。The Night Watchになることを、"taking the black."(黒い服を着るため)といい、一生結婚することも、婚外子を持つことも許されない。いったん宣誓すると、やめることはできない。逃亡者は処刑される。
Eddard Starkの私生児Jon Snowは、The Night Watchに志願する。
***** *****
この他にも数えきれないほど多くの重要な登場人物がいますし、重要な領地や領主がいますので、ご興味ある方はもっと詳しいサイトをどうぞ。
でも、あまり先に読んでしまうと、ネタバレになりますからご注意を!
迷ったときだけにしましょう。
●シリーズの順番
A Game of Thrones
A Clash of Kings
A Storm of Swords
A Feast for Crows
A Dance with Dragons
The Winds of Winter
A Dream of Spring
(現時点で5巻まで発売されている)
●読みやすさ やや難しい
中世の話し言葉にファンタジーの造語が混じっています。洋書のファンタジーを読む人には簡単に推測できることでも、そうでない人は(辞書にない単語も沢山あるので)苦労すると思います。
また、登場人物と地名が多く、最初は特に混乱すると思います。
状況が見えてくるまでは「面白い」と感じることができず、読むのが遅い人は諦めたくなるかもしれません。
そういった意味では、相当「ファンタジー」や「SF」で鍛えてからチャレンジするべき本でしょう。
●お薦めの年齢層
性と暴力のシーンが満載ですから大人向けです。
でも、eroticでもsexyありません。cruelでbloodyですが、非常にstraight forwardです。
blancasさま
ようやくA Discovery of Witchesのレビューを書きました。
http://watanabeyukari.weblogs.jp/yousho/2012/06/discoveryofwitches-2.html
またご意見お聞かせくださいませ〜。
投稿情報: 渡辺由佳里 | 2012/06/15 18:30
blancasさま
そうですね。私もそこがA Song of Ice and Fireの残念なところだと思っています。人物のワンパターンな反応とミステイクに飽きてしまうのですよね。
ところで、The Kingkiller chronicleの三巻が出るのは、数年後だと思っていてくださいませ。彼は完璧主義者ですからね。
A Discovery of Witchesは、個人的にはもう少しニュアンスがあって欲しいと思いますが、Twilightシリーズ、The Iron Kingシリーズ、The Mortal Instrumentシリーズのように、難しいことを言わずにただ楽しむ「パラノーマルロマンス」としてはよい出来だと思います。この夏の「ビーチread」のひとつとしておすすめするつもりでいます。よろしく〜。
投稿情報: 渡辺由佳里 | 2012/06/10 07:26
何時も書籍選定でお世話になっています。
遂にA Song of Ice and Fire登場ですね。実はAmzonのReviewで好評だった事もあり、 Books 1-4バンドル版Kindle Editionを大人買い(20$ですが)し、集中的に嵌ろうと意図したのですが、1章毎の物語の場面展開には惹かれるものの、次から次に登場する沢山の人物、個々の人物描写が薄く没入できず、Book1途中で立ち往生しています。
由佳里様のおっしゃる様に、素晴らしい出来であるThe kingkiller chronicleに較べる事自体が酷ですが、人物描写の厚みが全く違います。因みに、美味しそうにご紹介頂いている2巻目のThe Wise Man’s Fear、3巻目までの待ち時間が長そうなので、美味しいものは大事に取っておく事にしています。
魔法と云えば、Deborah HarknessのA Discovery of Witches、吸血鬼、魔法使い、ディーモン三つどもえと云う設定が意外に面白く、間もなく発刊される次巻が待ち遠しく感じられます。
投稿情報: blancas | 2012/06/09 09:34
こんにちは、Johnnycakeさま。
このシリーズはファンタジーファンではない人が楽しめるファンタジーだと思うのです。どちらかというと、戦国物語的なものが好きな人にぴったりです。
The Kingkiller Chronicleは、正真正銘のファンタジーで、科学、哲学などが根底にあり、読めば読むほど深いものです。文章も素晴らしく、人物そのものに興味が抱けます。
Song of Ice and Fireシリーズは面白いのですが、人物の心理があまり複雑ではなく、反応が一定のパターンで飽きてしまうのです。個人的にplot drivenな本よりcharacter drivenな本のほうが好きだからかもしれません。
でも、面白いのは面白いですよね。
ぜひThe Kingkiller Chronicleをお試しください。最初の100ページは我慢ですよ(笑)
投稿情報: 渡辺由佳里 | 2012/06/07 07:06
初めてコメントさせていただきます。いつも楽しく拝見させていただいてます。オーストラリア在住です。
このシリーズですが、HBOでドラマ化されてまた一段と人気が上がりましたね。原作をまとめて購入したのが数年前、以来大ファンになり、ようやく5巻が出たと同時期にドラマ化。原作が完結していないのに、このまま行ってドラマのほうはどうなるのだろう、と心配ではありますが、ドラマのこれまでの出来のほうは満足してます。ドラマ化のおかげで原作を読んでいない連れ合いや同僚ともこのシリーズの話ができるのが何より楽しいです。
こちらでThe Kingkiller ChronicleのほうがA Song of Ice and Fireより質が上とおっしゃってますね。前々から気になっているThe Kingkiller Chronicle、やはり読んでみなければ、とこの記事を読んで思いました。
投稿情報: Johnnycake | 2012/06/07 06:30