Lise Eliot
432 ページ
Houghton Mifflin Harcourt
2009年9月14日発売予定
脳神経学/発達心理/教育/子育て/ノンフィクション
Simone de Beauvoirは「第二の性」で"One is not born, but rather becomes, a woman「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」"と論じた。だが、そう信じて育った世代の高学歴/専門職の女性たちが母になってみて、息子が人形には見向きもせずにトラックを選んだり娘がバービー人形を欲しがるという体験をして「やはり男女差は生まれつきのものなのか?」という疑問が生まれるようになった。双子のケーススタディなどだけではなく脳神経科学の分野での研究を通じて科学的に男女差を分析する試みが増えている。
だが、メディアで話題になるのは、人目をひく研究結果だがよく内容を見るとネズミを使った実験でしかなかったり、条件が整っていなかったり、信憑性に欠けることがある。また、売れるのは “Men Are from Mars, Women Are from Venus”といったステレオタイプの男女差を強調するものが多く、実際のところ男女の脳が生まれつき異なるのかどうかをきちんと掘り下げたものはあまりない。
そういう意味で、脳神経学者で母親のLise Eliotが書いた Pink Brain Blue Brainは、科学的でもあるしバランスの取れたまれな本である。 Lise Eliotはハーバード大学、コロンビア大学大学院卒業でThe Chicago Medical School of Rosalind Franklin University of Medicine and Scienceで脳神経学の助教授をつとめている。男性がマジョリティの世界で戦い、しかも男の子と女の子の母親でもある。男の子の脳と女の子の脳を比較分析するのにこれ以上の適任者はいないだろう。それぞれの実験結果が実際に何を意味するのかをふつうの母親(もちろん父親)にもわかりやすく説明している。
300ページにもわたる本の簡単な結論を書くことは無理だが、あえてまとめるとこんな感じである。
- 子宮内で浴びたホルモンと思春期のホルモン分泌が男女の脳に生物学的な差を与える。
- 男女の生物学的な差やホルモンの影響は存在するが、実験動物とは異なり人間の場合その差はさほど大きなものではない。
- 男の子(男性)はspatial skills(空間能力)が優れており、数学が得意であるが、攻撃性や競争心が強く、言語能力では劣る。
- 女の子(女性)は言語能力やemotional intelligenceでは優れているが、空間能力でおとり、失敗を恐れることを含む恐怖心が強い。
- 生物学的な傾向はあるものの、社会環境の影響のほうが大きい。
- 攻撃性、同情心、恐怖心、競争心、などについてはもともとは小さな差異なのだが、 親や教師といった社会環境の影響の積み重ねで成長したときには大きな差異になっている。
- 子供に対する親や教師の言動により、大人になったときの男女差は現象する。また男女の差異を少なくし、play fieldを公平にするための教育方法を提案。
Eliotは、誕生から5年間の乳幼児の脳の発達を解説した“What’s Going on in There? How the Brain and Mind Develop in the First Five Years of Life”の作者でもある。
なおコンテンツは下記のとおり
- Pink and Blue in the Womb
- Under the Pink or Blue Blankie
- Learning Through Play in the Preschool Years
- Starting School
- The Wonder of Words
- Sex, Math, and Science
- Love and War
- Truce Time
●この本の良いところ
科学的な根拠を多く紹介し、すべての研究結果を公平な視点で解説しています。また、非常にバランスが取れた見方をしています。子育てには関係ない方でも、研究結果の数々を読むだけで楽しめます。
また、女性科学者やビジネスウーマンたちが平等に活躍できる環境や感性豊かな男性を受け入れる環境作りにはおおいに賛同します。男性でも娘を持つ父親として、女性でも息子を持つ母親として、男女が公平に扱われることを望まない人はいない、と思いたいです。
解決策についてとくに賛成した箇所:
1. 女の子にスポーツを勧めているところ
私の娘がそうですが、幼いころから男女一緒の水泳チームに属していると、小学校では体が小さくても同級生の男の子よりも強くて速く、男の子に劣っているという感覚を抱かずに育つようです。その自信は高校生になった今でも続いているようです。また、幼いときから球技をやっていると、女性が苦手といわれるspatial skills(空間能力)が身に付きます。これもプラスです。(ただし、私の観察では水泳ばかりやっていると空間能力が減退するようで、トップスイマーは球技が苦手みたいです)
2.男の子の言語能力をのばすための働きかけ(私は男女に関係なく働きかけるべきと思いますが)
実にシンプルな解決策:"The more you talk, or read, or write, the more facile you become at each of these skills."
フラッシュカードなどのドリル方式は避けること!でないと本を読むことが嫌いになってしまいます"Be careful, though, to avoid flash cards and other drill-and-kill methods, which will make phonics a bore and turn your child off of instead of on to reading."
●この本と私の意見が異なるところ
女性科学者の Eliotが「女は数学と科学が苦手だ」というステレオタイプをこの世からなくしたいという情熱を抱いている気持ちはよくわかります。私も、数学と科学が得意な娘を持つ母親としてアカデミックの世界がもっと女性を受け入れてくれるようになって欲しいと願います。
けれども、平均的に女の子が生まれつき数学と科学が得意ではないから幼いときから働きかけることで生物学的にadvantageがある男の子との差を縮める、という考え方には全面的に賛同できません。言語能力で劣る男の子に対して特別に働きかけるという部分でもそうです。
まず私はこの分野では個人差のほうが大きいと思うのです。
私の娘のように幼いころから本を読んでやり、語りかけて育てても、数学や科学のほうが得意で同級生の男の子よりも口数(ボキャブラリー)が少ない女の子もいます。それだけでなく、彼女が仲良くしている友人グループでは、言語能力に優れている男の子のほうが多く、女の子はみんな数学や科学のほうが得意なのです。これはたぶん「平等に育てる」ことを信じる親が多い学校なので、自然にそれぞれの個性がそのまま現れたという感じなのでしょう。劣っているからそれをおぎなう教育をする、というのではなく、どっちも適度にやればいいと私は思うのです。
次に短所に注意を払いすぎる子育てにも反対です。
私の考え方は先日ご紹介した「Einstein Never Used Flashcards」にあるように、幼いときには自発的な学びの楽しさを励ますことしかしてはならない、というものです。「短所があってもいいじゃないか。ほかに本人が好きなことがあればそれをやればいい」というのが私の考え方です
私が特に強く反論したいのは、女の子が弱いと言われるspatial skills(空間能力)を育てるために学童期にコンピューターのソフトを使うことです。私の周囲で早期からコンピューターを使った数学プログラムをやっていた子で現在「すばらしい!」という数学の才能を発揮している子はいません。それよりも、ふつうのパズル、カードゲーム、積み木、レゴ、家具の組み立て、車の修理の手伝い、ボーイスカウト、ガールスカウト、野球やサッカーといったスポーツ、をいっしょうけんめいするほうが空間能力を身につけられると思います。
また、Eliotは言語能力を身につけるwindow of opportunityは乳幼児期の早期だと説く学者のひとりですが、私は 重要であるけれども決定的ではないし、親はもっとリラックスするべきだと考えています。この時期にこだわると、どうしてもFlash cardを使ってドリル...ということになりがちですから。学童期まではもっとナチュラルな「話しかけ」と「本読み」のみに徹するべきだと思います。
●読みやすさ ★★☆☆☆
医学(解剖学)用語などがあり、この手の本を読み慣れていない方には取り付きにくいかもしれませんが、論文を読み慣れている方には小説よりもかえって読みやすいでしょう。
●関連本
1.子供の才能を殺さないために親が読む本(2)ー Einstein Never Used Flashcards
2. Men are from Mars Women are from Venus
3. What’s Going on in There?
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。