Sylvia Plath
初刊:1963年
文芸小説
ボストン近郊で生まれ育ったEstherは、夏休みの間ニューヨーク市で(1950年代の)若い女性の憧れであった雑誌社のインターンを体験する。しかし、楽しいはずの体験にEstherは違和感を覚える。貧しいEstherは文学の才能と努力で奨学金を得てきたが、マサチューセッツに戻ると望んでいた創作講座から拒絶され、小説を書こうと思うが、自分にはその体験が欠けていると感じる。
エール大学の医学生Buddyはいわゆるボーイフレンド(ほぼフィアンセ)だが、Estherは彼の精神的な裏切りに落胆して離れてゆく。だが、Estherは失恋したわけではなく、最初から自分たちの関係をどこか遠い場所から客観的に観察していたようなところがある。
周囲の若者との社会経済的な差異や、不安定な未来、自分の才能への疑問などから、Estherはだんだん病的な鬱状態になってゆき、ついに精神科に入院する。
1932年生まれのSylvia PlathとThe Bell Jarの主人公には共通点が多く、自伝的な小説とみなされている。SylviaもEstherのようにボストン郊外で生まれ、優れた文学の才能で奨学金を得てスミス大学で学んだ。同じようにニューヨーク市で有名な雑誌のインターンを体験し、社会経済的問題に直面し、精神科病院(私の友人がインターンをした病院!)に入院したこともある。
Sylviaは小説家である前に詩人であるが、優れた才能を認められていたものの出版社からは何度も拒絶された。詩人のTed Hughesと結婚し、2児を出産するが、幸福感は得られなかったようだ。家事や育児で十分な創作活動をできない焦り、出版社からの拒絶、経済的な不安、夫の不倫関係などでSylviaは精神的に追い詰められていった。
この作品はSylviaがTedと別居して子供2人とロンドンに住んでいた1963年の1月にVictoria Lucasという仮名で出版された。本人も認めるように自伝的な小説であり、Sylviaは友人に「過去から開放されるために書いた」と言っている。評論家の好意的といえる評価をSylviaはなぜか悲観的にとらえ、その翌月故郷から遠く離れたロンドンで自ら命を絶つ。Sylviaの母と元夫のTed Hughesの意向で、アメリカでは1972年まで本名のSylvia Plath名では出版されなかった。
Sylvia Plathのもっとも有名な詩集「Ariel」は彼女の死後に出版され、The Collected Poems は、彼女の死から約20年たった1982年にピューリッツアー賞を受賞した。
●この作品について思うこと
先日「大学生になるまでに読んでおきたい本アメリカ版」でご紹介したリストの中にThe Bell Jarのタイトルを見つけて複雑な心境になりました。というのは、5-6年前にこの本を読んだときに、「学生時代に読まなくてよかった」とつくづく思ったからです。
主人公のEstherにとって周囲の世界は不必要なディテールまでがあまりにも鮮明です。むき出しの感受性で世界に触れているようなものですから、生きるのに膨大なエネルギーを要します。文体からは彼女がニヒルに生きているように感じるかもしれませんが、そうではなく、強く感じすぎるから自分を離れた場所に置いているのです。
私も16歳くらいから23歳くらいまでEstherが小説の中で体験するような人間関係への違和感、未来への不安感、そういったものを痛いほど鮮明に感じました。そのくせ、Estherのように他人が体験しているような解離感で自分の体験を観察したものです。
The Bell Jarを読んでいるうちに当時の感覚が蘇ってきて、やるせなくなりました。
あのころ読んでいたら、共鳴してしまって、もっと深い鬱の世界に入り込んでいたかもしれません。ずぶとい中年になってから読んでほんとうに良かったと思いました。
「大学生になるまでに読んでおく本」のリストには入っていますが、感受性が強い思春期の少女は避けたほうが賢明です。
●読みやすさ ★★★☆☆
詩人らしく詩的で美しい表現に満ちていますが、簡潔でもあります。難解ではないのですが、よさを理解するためには単純な表現の裏に秘められた意味を考える必要があります。速読すべき本ではありません。
●アダルト度 ★★★☆☆
生々しい表現はありませんが、セックスや自殺といったテーマを扱っていますので、高校生以上です。
●この作品を気に入った方は…
ぜひPlathの詩を読んでみてください。彼女の才能をひしひしと感じます。
こんにちはコニコさん。
コメントありがとうございます。
The Bell Jarは優れた本ですけれど、若い頃に読んでいなくて良かったとしみじみ思います。高校生の娘にも「感受性が強い女の子は読まないほうがいい」と忠告しておきました。
今、「妄想に取り憑かれる人々」にちょっとだけ登場する筆者の同僚Dr. JenikeのOCDの本が話題になっています。Dr. Jenikeから本を送っていただくことになっていて、楽しみに待っています。重症の患者が回復したストーリーで、こちらのほうが読みやすそうです。
帰国はとっても楽しみです。娘と「たくさんいろんなもの食べようねー」とそんなことばかり相談しています。本も買いたいのですが、重量超過で罰金を取られそうですし…悩みます。
投稿情報: 渡辺 | 2009/06/14 12:40
渡辺さん、この本、前から気になっていました。先日も本屋で一度手に取り、棚に戻した本です。でも、この記事を読んでやっぱりいつか読みたいなと思い直し、買ってきました。すぐには読まないかもしれませんが、確保。わたしもオバサンになった今なら読めるかも。
ところで、やっと「妄想に取り憑かれる人々」を読み終えました。面白かったし、読みやすかったののですが、恐い面もあり、休み休み読んでいました。小説の人物の心理描写のようなところもあり、興味深い本でした
もうすぐ帰国でしょうか。どうぞ今の日本を満喫してくださいね♪
投稿情報: コニコ | 2009/06/14 08:45