Daniel J. Levitin
2006初版
322 ページ
出版社:Penguinグループ
ノンフィクション/音楽/神経心理学/神経科学
まず著者のDaniel J. Levitinの経歴が興味深い。
最初のキャリアは音楽業界のインサイダーである。セッション・ミュージシャン、サウンド・エンジニア、レコード・プロデューサーとして、スティービー・ワンダーやブルー・オイスター・カルトといったミュージシャンたちと仕事をしたことがある。
驚くのはその後のキャリアだ。
音楽の世界を去った後に神経科学者になり、現在ではMcGill大学のMusical Perception, Cognition, and Expertiseのラボの責任者を務めている。
この本は、音楽と神経科学の両方の世界を知っているLevitinが、「何が音楽なのか?」、「音楽のカテゴリーを決めるのは何か?」、「音楽家になるのは生まれつきの才能か、それとも練習量か」、「なぜ音楽の個人的な好みがあるのか?」など、音楽と人間の脳の関係をいろいろな角度から語ったものである。副題「The Science of a Human Obsession」とあるように、音楽に対する人のObsessionについての本なのだ。
音楽や神経科学に詳しい読者から史実や音楽理論での間違いを指摘する批判があるものの、全体的には良い評価を得ており、LAタイムズ紙Book Prizeのファイナリストになっている。私が気になったのは、優れた音楽家になるための「10,000時間説」と「幼いときから音楽を始めた者で大人になっても続けている者が少ないこと」について、納得する答えが得られなかったことである。
だが、どのノンフィクションにもいえることだが、ひとつの本に書いてあることをすべて事実として読むべきではない。それを念頭に読めばいろいろな発見があり、とても面白い本である。
●ここが魅力!
私の娘の友人で幼い頃からクラシック音楽を演奏している高校生にプレゼントしたところ、とても気に入ってくれて、今年この本からの発想で科学コンテストに参加したようです。そこで私の娘にも買ってあげたところ、「面白い!」とPost Itをあちこちに貼り付けはじめ、「来年の科学フェアでは音楽に関する実験をする」と言っています。
どちらも音楽と数学・科学が好きな女子高生で、彼女たちにとっては「なるほど~。そういうことだったのか」という知識を増やす喜びだけでなく、「私も自分の仮定を立てて実験してみたい!」と動機を与える本のようです。
学生時代合唱にのめりこんだものの楽器で失敗した私にとっては、著者が一緒に仕事をしたミュージシャンとの回想録や音楽の分析に「なるほど」と思いました。こういう本のよいところは、(役に立たない知識であっても)好奇心を満足させてくれることです。
たとえば、Joni Mitchellについてですが、幼い頃からバイオリンを習っていて絶対音感がある私の友人が、BGMとして流していたJoni Mitchellに「これだけはやめて。音が外れていて気分が悪くなる」と言ったことがあります。
でも、Levitinによると、Joniは確信犯だったのです。
著者と同年代の私には登場するミュージシャンもなじみある名前ばかり。それも魅力でした。
●読みやすさ 平均★★☆☆☆
読む人のタイプによって読みやすさが非常に異なる本です。
音楽を学んだことがあるノンフィクションが好みの理系の方:★★★~★★★★
どちらでもなく、ふだんは小説を読む方:★
文章そのものはとてもストレートです。文芸作品と異なり、解釈の必要がない文ですから、ノンフィクション好みの理系の方にはたぶん小説よりも読みやすいでしょう。
けれども、後者の方には(専門家には難しくない)音楽理論や脳の部位の名称など専門用語が頻出するので難しい本です。しろうとにも理解できるように説明していますが、それを読むこと自体が面倒だと思います。
●アダルト度
子供に読ませて困るようなところはありませんが、理解して楽しめるのは高校生くらいからでしょう。
●この本を気に入った方にはこんな本も…
Musicophilia: Tales of Music and the Brain
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