著者:Ruth Ozeki
ペーパーバック: 432ページ(英国版)
出版社: Canongate Books Ltd
ISBN-10: 0857867970
発売日: 2013/3/11
適正年齢:PG15(アダルト)高校生売春、性的なイジメのシーンあり。その他は特に露骨な描写はない。
難易度:上級レベル(英語ネイティブの普通レベルだが、日本人なら中級レベルでも理解しやすいだろう)
ジャンル:現代文学/マジックリアリズム(魔術的リアリズム)
キーワード:ポップカルチャー(日本文化)/いじめ/第二次世界大戦(特攻隊)
賞:2013年ブッカー賞候補作(9月現在)
2013年これを読まずして年は越せないで賞候補
カナダ ブリティッシュ・コロンビアのさびれた沿岸に住む作家のRuth(著者本人)は、ビーチに打ち上げられていた大きなゴミを捨てるために持ち帰る。だが、中からは出てきたのは腐った食品ではなく、プルーストの『À la recherche du temps perdu(失われた時を求めて)』と手紙などだった。さらに驚いたことには、プルーストの中身はフランス語の原書ではなく、日本語で書かれた日記だった。日系人のRuthは、自分が読めるペースですこしずつこの日記を読んでゆくことにする。
最初のうちは好奇心だけで読んでいたRuthだが、読み進めるうちにNaoの世界にのめりこんでゆき、彼女を助けなければならないという強い衝動を感じる。そんなRuthに、論理的な夫Oliverは、日記が10年以上前に書かれたものだということを指摘する。それでもRuthは現在進行形の切迫感をぬぐい去ることができない。
秋葉原のメイドカフェで始まるNaoの日記は、最初のうちは頭が空っぽの少女の独白のようでイラつく。日本のポップカルチャーを表層的に風刺した小説ではないかと思い、読むのをやめようかと思ったほどである。だが、それを我慢して読み進めると、1/3くらいに達したときからRuthのように次が気になって仕方なくなる。彼女のように「なんとかしてやりたい」と思うようになるのだ。
本書には、秋葉原のメイドカフェ、中年男性の幼女趣味、高校生売春、受験カルチャー、集団自殺のサークル...といった他国の人々には異様に見える日本のカルチャーが登場する。特に、教師が加担する「葬式ごっこ」をはじめとした日本独自のいじめのバラエティは強烈だ。3/11の地震と津波、そのときの「がれき」がカナダの浜辺に打ち寄せられるのもどきりとする。だが、表層的な書き方ではない。
日系ハーフのアメリカ人(現在はカナダ国籍)である著者は、日本で学び、教えていた経験もある。日本への愛情がベースにあることが全体から感じられる。そういう著者の描いた日本の閉塞感と残酷な側面を客観的な視点で読むことは、日本人にとって重要なことではないかと思った。
だが、この小説に描かれているのは残酷で暗い日本だけではない。
Naoの曾祖母で104歳の禅宗の尼Jikoと、学生だったのに特攻隊の兵士として死なねばならなかったJikoの息子Harukiは、残酷さに抗う良識と美徳を読者に伝えている。
タイトルのTime Beingは、道元の時間論を示したものであり、仏教徒の著者らしい世界観と時間論が本書の重要なテーマになっている。途中から現実と日記の世界が融合してくるマジックリアリティの手法も、登場人物のRuthとOliverが、実際に著者と著者の夫だということも、このテーマをリアリスティックにしている。
文章、テーマ、読みやすさ、登場人物の描き方、ユーモア、涙、読後感、すべてに文句のつけようがない豊潤な傑作である。今年のブッカー賞の最終候補になっているが、ぜひ受賞して欲しいものである。
●オーディオブックについて
最初はKindleで読んでいたのだが、目が疲れたので途中からオーディオブックに切り替えた。日本語やフランス語の発音も表現力も素晴らしいので「いったい誰が読んでいるのだろう?」とチェックしたら、著者のRuth Ozeki本人で驚いた。
本のほうでも、日本語の表現は通常アルファベットだが、本書は漢字やひらがなのフォントを使っている。そういう細かい部分にも好感が抱ける作品である。
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