Ann Patchett
ハードカバー: 368ページ
出版社: Harper
(2011/6/7)
文芸小説/アマゾン、医療倫理/医療スリラー
(←オーディオブック)
マリナ・シンは、産科でインターンをしているときに緊急帝王切開に失敗し、そのときの精神的なトラウマで医師になることを断念して製薬会社に研究者として就職した。新薬の開発の進行状況を調査・報告するためにブラジルのアマゾンに行った同僚のアンダース・エックマンが謎めいた死を遂げ、マリナがその代役としてブラジルに向かうことになる。
新薬の開発責任者は、世界的に有名な産婦人科医のアネック・スウェンソンで、マリナが帝王切開に失敗したときの指導医だった。アマゾンのラカシ族が閉経をとうに過ぎた年齢になっても出産し続けていることに注目し、マリナが勤める製薬会社のスポンサーで高齢女性の不妊治療薬を開発している。しかし、 まったく進行状況を報告しないためにCEOはしびれを切らしていた。
執拗な熱気と湿気、未知の虫、熱病、蛇、人食い族...という過酷な自然の中で、マリナは自分の人生での希望、失望、後悔について思いを巡らせ、奇跡と倫理的なジレンマを体験する。
(右の写真は、今年私がパナマのジャングルで撮影したもの)
●ここが魅力!
Ann Patchettといえば、真っ先に思い出すのがBel Canto (P.S.) です。南アメリカの某国の副大統領の自宅で行われた日本人実業家の誕生日パーティにゲリラの一団が乗り込み、そこにいた人々を人質に取る、というスリラー的なプロットでありながら、文芸小説として美しく描かれ、世界的にヒットした作品です。
先月刊行されてすぐにベストセラーに躍り出たPatchettの最新作State of Wonderは、医療スリラーのようなプロットでありながら、それとは一線を画しています。閉経後の女性が妊娠できる科学的な部分に疑問を抱く人はいるかもしれませんが、この本の重要な部分はそこではありません。また姿を消したエックマンの謎にも読者は惹かれますが、このミステリーが主でもありません。
読者は、主人公のマリナとともに、ブラジルでやるせない熱と湿気の中を彷徨い、マラリアの予防薬による悪夢にうなされ、ラカシ族の風習に慣らされ、その間に過去の出来事を後悔したり、アメリカでの生活を離れた目で分析したりします。その「心の旅」こそが、この本の醍醐味なのではないかと思います。
Ann Patchettの魅力は、表現力にあります。私は、ナンタケット島のビーチで、毎日1時間以上散歩しながらオーディオブックで聴いたのですが、砂浜が突然アマゾンのジャングルに変わるような不思議な感覚を味わいました。登場人物たちが、ビビッドに描かれていて、彼らの映像が瞼に焼き付いているようでした。朗読しているのが、ホープ・ディヴィスというのも贅沢です。
ストーリーの終わり方が唐突に感じる方もいるかもしれませんが、そこに書かれていないことも、ちゃんと読者が埋めることができると思います。
●読みやすさ 中程度〜やや難しい
通常のミステリーやスリラーに慣れている方にとっては、ストーリーがどんどん前に進まないことに苛立つかもしれません。これはプロット中心のスリラーではないので、それを期待しないのが肝心です。
文章表現が美しく、それがPatchettの作品の魅力です。その魅力を理解するためには、ある程度英語の本を読み慣れている必要があります。ざっと意味が分かる程度でしたら、普通のミステリーなどを読み慣れている人で大丈夫でしょう。
●おすすめの年齢層
まったく露骨ではありませんが、出産や性的シーンもあります。テーマ的には高校生以上。
コメント
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