Melanie Benjamin
Delacorte Press
2010年1月12日発売予定
歴史小説/文芸小説 「不思議の国のアリス」にわずかでも興味を抱いたことのある人であれば、作者のルイス・キャロルが実際は数学者のチャールズ・ドジソン(Charles Dodgson )で、アリスにも実在のモデルがいたことを知っているだろう。そして、ドジソンに「小児性愛者」の疑惑があったことも。
これまで数々の研究や小説化が試みられて来たが、それらは常にドジソンを中心にしたものだった。作者のMelanie Benjaminは、初めてアリスの立場から「不思議の国のアリス」に運命を変えられてしまった女性の人生を描いている。
80歳になったAlice Liddell Hargreaves(アリス・リデル・ハーグリーヴス)は、夫の死後陥った経済的危機から逃れるために幼い時Charles Dodgson(ルイス・キャロル)から贈られたDodgson手書きの原稿「Alice's Adventures Under Ground(地下の国のアリスの冒険)」をオークションで売ることになる。末息子の依頼でアメリカを訪問したアリスは、人生を振り返り、運命を変えた11歳のときの「ある出来事」とついに向かい合おうとする。
アリスは英国王室の血を引く上流階級の娘で、父親はオックスフォード大学クライスト・チャーチ・カレッジの学寮長(dean)だった。召使いに囲まれる贅沢な暮らしだったが、アリスの子供らしい自由奔放なところを母親は常に叱りつけていた。美しい洋服が汚れるのを気にせずに走ったり転げ回ったりしたいというアリスの願いを理解してくれるのは、アリスたち姉妹とよく遊んでくれる数学教師のドッジソンだけだ。ドッジソンは家族の友人としてリデル家を頻繁に訪問し、姉Ina(イーナ), 妹Edith(イーディス)を含む3姉妹を遊びに連れ出してくれた。特に姉のイーナはドッジソンを独占したがり、彼のお気に入りらしきアリスに対して嫉妬心をむき出しにしていた。
ある夏の日、ドッジソンは3姉妹をボートこぎに連れ出し、アリスという名の少女を主人公にした物語を語る。物語を気に入ったアリスは何度も彼に物語を書き留めてくれるよう求めるが、彼がそれを実行したのはずっと後になってからのことだった。
そしてある日の出来事をきっかけにドッジソンはリデル家への出入りを禁じられる。それ以来、姉や妹に比べて極端に外部との接触を制限されて育ったアリスは、ビクトリア時代の上流階級の娘としては高齢に属する年齢まで婚期を逃す。
ようやく初めての恋を経験するが、それは、ドッジソンにまつわる過去のために悲恋に終わる。
●ここが魅力!
ルイス・キャロルに「小児性愛者」疑惑があったあったことは知っていましたが、私が1981年に英国で買ったキャロル全集に載っていたアリスの写真からはそんな雰囲気を感じませんでしたし、特に調べようともしませんでした。
ですが、今回この本に載っていたアリスの写真(左)で私はすっかり見方を変えました。女性が手首やくるぶしを見せるだけでもスキャンダラスだったビクトリア時代に、英国王室の血を引く上流階級のリデル夫妻が、将来貴族との結婚が期待される娘のこんな写真を撮る許可をしたはずがありません。ということは、親が知らない場で彼がアリスとふたりきりになる機会があったということです。それにこのアリスの視線!とても7歳の少女のものとは思えません。
彼はもちろん親用にはちゃんとした写真も沢山撮っていて、右はそういう写真のひとつです。
毎日のように交流していたドッジソンとリデル家がある時を境に完全に接触を絶ったのは史実です。私が所有している1978年版のキャロル全集「The Illustrated Lewis Carroll」のRoy Gassonによる紹介文を読み返してみると、ドッジソンがアリスに一方的に恋しているだけであり、その恋も無垢なプラトニックなものだったというのが当時の一般的な解釈だったようです。また、ドッジソンがアリスという最もお気に入りの被写体を失った後も多くの少女の写真を撮り続け、その中にはヌード写真やイラストがあったことも書かれていますが、彼の死後に遺族が写真を処分したために現在には全く残っていないとこの本には書かれています。Gassonは「残っていないので我々に判断することはできないが」と断ったうえで「they were totally restricted and unpornographic is a certainty.(完全に制約されておりポルノグラフィックなものでなかったことは確かだ」と断言しています。けれどもその後に5つか6つ写真が見つかり、出版もされているようです。それによると、キャロルの少女愛がそれほどイノセントなものだったかどうかは怪しいもののようですね。
いろいろな説がありますが、あれほど親密だったリデル家とドッジソンを完全に引き離した原因とは何だったのでしょう?Gassonが書いているように、ドッジソンのアリスへの異常な関心を母親が案じただけなのか、それとも他の歴史研究家が書いているようにドッジソンが11歳のアリスに求婚したからなのでしょうか?彼の遺族がドッジソンの日記からこの時期(1858年4月18日から1862年5月8日)のページを切り取って処分しているところが、さらに疑惑を誘います。また、アリスとビクトリア女王の末息子Leopoldとのロマンスが本当であったのなら、なぜ身分相当であったアリスとの結婚が成立しなかったのでしょう(Leopoldは長女をAliceと名付け、Aliceは次男にLeopoldと名付けています)?20そこそこで結婚するのが当たり前だった時代に、家柄が良くて美人(左の写真)のアリスが28歳まで結婚しなかったのはなぜでしょう?
アリスの人生は謎に満ちています。
Alice I Have Beenは、「不思議の国のアリス」の謎に迫る「文芸ミステリー」として楽しむことができるだけでなく、ビクトリア時代から第一次世界大戦にかけて変容した英国社会を生きた上流階級の女性の物語としても楽しめます。
この本のおかげでまたLewis Carrollの本を読み直したり、歴史を振り返ったりして、何度も楽しめたところもお得な気分でした。
●読みやすさ ★★★★☆
歴史小説は一般的にYA(ヤングアダルト)ものよりも読みにくいものですが、この作品に限って言えば、Aliceの一人称の語りのせいか、YA程度の難易度です。特に難しい表現もありません。
★3つと4つの中間程度。
●アダルト度 ★☆☆☆☆
幼いアリスの立場から性的緊張感を語る部分はありますが、本人が理解していないために表現は非常にマイルドです。また、その他のロマンスの場面でもキス程度まで。ビクトリア時代の主人公を裏切らない押さえた表現です。
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