Beth Alison Maloney
272 ページ
Crown (Random Houseの部門)
2009年 9月22日発売予定
ISBN-10: 0307461831
ISBN-13: 978-0307461834
ノンフィクション/闘病記/精神性疾患/強迫性障害/トゥーレット/小児自己免疫性溶連菌関連性精神神経障害(PANDAS)
著者のBeth Maloneyはハリウッドの映画界で活躍する弁護士だったが、離婚後3人の息子と東海岸のメイン州に引っ越す。離婚の辛さから回復し、虐待あるいは放任された未成年者のguardian ad litem(訴訟後見人)の仕事に情熱を抱くBethはようやく念願の自宅を購入した。だが、ビーチ沿いの借家から持ち家に引っ越したときから、健康で優等生だった12歳の真ん中の息子Sammyが突然奇妙な行動を取るようになる。
自分の部屋で眠らずに居間のカウチで眠り、正面玄関を使わずに裏口から入るSammyのことを母のBethは最初のうち「ビーチ沿いの貸家を恋しがっているのだろう」ととらえていたが、異常な儀式的行動が悪化し、生活に支障をきたすようになったために心理療法士に連れてゆく。だがカウンセリングの効果はなく、Sammyは危機的なブレイクダウンを起こす。息子の病気が心理的なストレスではないと直感したBethは小児科の主治医に診察を求めるが、電話で間接的に説明を聞いた主治医は診察を拒否して「crisis unit」に行くことを執拗にすすめる。だが、虐待された子供の訴訟後見人をしているBethは「crisis unit」がどの機関からも見捨てられた問題児たちが最終的に送られる悲惨な場所だと知っていたので、その医師を見限る。心理療法士も「OCD(強迫性障害)だと精神科医に伝えなさい」と紹介しただけで、その精神科医も「私は診断は下すが治療はしない」と答えるだけだった。
だがBethはそこでくじけずに一緒に治療法を考えてくれる主治医を見つける。しかし、それはBethとSammy、そしてSammyの兄弟たちの長期にわたる闘病のほんのスタート地点でしかなかった。
通常のOCDの治療を受けたSammyの症状はいっこうに改善せず、かえって悪化してゆき、OCDだけではなくトゥーレット症候群の症状までが加わるようになった。見えない壁を乗り越えたり、ぴょんぴょん飛んだりする儀式のために家から車までの移動に数時間かかる。夜寝ずに奇妙な音をたて続ける。シャワーも浴びずに服も着替えない。それでも学校に通いたいSammyのために中学校は特別な配慮をしてくれたが、周囲を怯えさせるようなパニックを起こして通学が不可能になり、Sammyは家から出ない生活を送るようになる。
シングルマザーとして3人の子供の世話と弁護士としてのプロの仕事を両立してきたBethだが、Sammyの世話のために他の息子たちの世話も十分できず、プロとしての仕事も十分できなくなる。
絶望しかけていたBethに希望を与えたのは母の同僚Bobbiからのひとことだった。Bobbiの息子も同じような症状で苦しんでいたのだが、その原因がStrep (streptococcal infection: 溶連菌感染)であり、それを治療したら治癒したというのだ。
これまで Sammyには溶連菌感染の病歴がないことを知っているBethは最初その可能性を否定するが、Bobbiに説得されて小児科医で血液検査をしてもらったところ、症状がないにもかかわらずSammyは溶連菌に感染していのだった。
Bethはインターネットを調べて「 PANDAS :連鎖球菌性小児自己免疫神経精神障害」のことを知る。幸いSammyの新しい主治医はBethの調査結果を受け入れてペニシリンで治療を開始しいったん症状はめざましく改善するが、ふたたび悪夢は舞い戻って来た。
それでもBethはめげず、ついにNicolaides医師と運命の出会いを遂げる。
このノンフィクションは、絶望的な重症例のOCDとみなされていた息子に適した治療法があることを信じて医療機関や制度と戦い続け、ついにその方法を手に入れた母親の壮絶な戦闘記である。
Bethと出会った医師や教師たちはたぶん怯えを感じただろうし、中には「困った母親だ」と苦情も言う者もいるだろう(私も医療機関につとめていたのでそれはよく想像できる)。だが、ライオンのように戦った母親がいたからこそ、Sammyは奇跡の回復を果たしたのである。
OCDと診断され、通常の治療法の効果がない患者の中に、もしかするとSammyのような子がいるかもしれない。Saving Sammyは、そんな患者と家族だけではなく、すべての疾病に関するアドボカシーのあり方を考えさせられるものであり、医療従事者にとっても非常に参考になる体験談である。
●この本の優れた点
私がまず惹かれたのはテーマの新しさと重要性です。
これまで多くのOCD関係の本を読んできましたが、「 PANDAS :連鎖球菌性小児自己免疫神経精神障害」というのは私にとってまったく耳新しい疾患名でした。
「PANDAS:Pediatric Autoimmune Neuropsychiatric Disorders Associated with Streptococcal Infections 連鎖球菌性小児自己免疫神経精神障害」という耳慣れない疾病は、National Institute of Mental Health(米国立精神衛生研究所)のSwedoらが2006年に研究発表した概念です。
日本語の説明はこのサイトで読めますが、以下に一部を引用します。
連鎖球菌の内の咽喉菌に対する抗体が、間違って脳の酵素を攻撃して、神経細胞間の連絡を妨害し、子供に強迫行為とチック(PANDAS:連鎖球菌性小児自己免疫神経精神障害)の症状を引き起こしているのが分かった。
日本語でGoogleしてみたところ、「小児自己免疫性溶連菌関連性精神神経障害」と「PANDAS」ではたったの38件しかありません。「強迫性障害」を加えると23件に減ってしまいます。そのうち医療電子教科書My Medはこのように説明していますが、これも上記の米国立精神衛生研究所の提唱をもとにしています。
近年のトピックは,溶連菌感染後のリウマチ熱・小舞踏病(シデナム舞踏病)罹患時に強迫行為や,注意欠陥多動と同じように運動チック,音声チックがみられ ることから,感染後の免疫誘発性チック,TSが研究されていることである。Swedoらは,連鎖球菌感染と関連した小児自己免疫神経精神疾患という概念を 提唱した(pediatric autoimmune neuropsychiatric disorder associated with streptococcal infection,以下PANDAS)。OCD,TS,チックの4~13歳の子ども144名を8年追跡した結果,発症3ヶ月位以内の溶連菌感染が有意に 多く,一年以内の多発性溶連菌感染もコントロール集団に比べ,オッズ比で,13.6倍になったという報告もある。1) Kirvanらは14歳のSC女子で作られた抗体が,リソガングリオシド,Nアセチルグルコサミンを含む神経リガンドと結合するのを認めたと報告してい る。更にこれらの抗体は神経の細胞表面と細胞内シグナルのトリガーとなるカルシウム/カルモジュリン依存性蛋白キナーゼ II に結合しているとしている。しかもこの反応は,PANDASの患者で,反復しているとしている。TSの患者で他に候補となる機構には,α-,γ-エノラー ゼ,アルドラーゼC,ピルビン酸キナーゼM1がある。1)
Sammyが回復してから5年経っているということですが、いまだにこの疾患名は新しいもののようで、したがってたぶん医療機関での治療法も広くゆきわたっていないでしょう。米国の医師の間でも否定するものが多いということです。実際にBethの記述ではSammyが回復した今でもこの診断名と治療法を拒否する医師がいるようです。
「根拠がない」と言い張る医師の気持ちもわからないではありませんが、著者のMaloneyが文中で繰り返すように、現在常識としてとらえられているピロリ菌(Helicobacter pylori)と胃潰瘍の関係も、過去には「抗生物質で胃潰瘍を治療するなんてばからしい」と否定されてきました。
著者はすべてのOCDやトゥーレットが溶血連鎖球菌の感染と関連あるとは主張していません。みんながみんな抗生物質を求めて医療機関に押し寄せても困るでしょう。でも、わが子のためにいろいろなことを調べ、知識を蓄えたうえで医師に質問するのは決して悪いことではありません。親がわが子のアドボケイトにならずして、誰がなってくれるのでしょう?
通常のOCDで回復せずに悩んでいるケースの中にいくつかでもSammyと同じような子がいて、その子が救われればこんなに良いことはないのではないか、そう強く感じた本でした。
米国のトークショーBonnie Hunt Showに出演した著者のBeth MaloneyとSammy(最初にコマーシャルがありますのでご了承ください)
●読みやすさ(Reading Level for non-native speakers of English) ★★★☆☆
文章は簡潔で読みやすい部類です。ただし、医学や薬などの固有名詞、アメリカのシステムにわかりにくさを感じる可能性があります。
●その他のOCD関係の本
私が邦訳したOCDに関する本 - The Imp of the Mind
今年発売されたLife in Rewind
*日本での出版にご興味がある出版関係の方は、お気軽にご連絡ください。
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