著者:Terry Hayes
ハードカバー: 704ページ
出版社: Bantam Press(米国ではAtria)
ISBN-10: 0593064941
発売日: 2013/7月(米国では2014年5月)
適正年齡:PG15(高校生以上。バイオレンス、拷問シーンあり)
難易度:上級レベル(文章は特に難解ではない。だが、ページ数が多く、沢山のサブプロットがあって混乱するかもしれない)
ジャンル:アクション・スリラー/スパイ小説
キーワード:スパイ、イスラム過激派テロリスト、9/11同時テロ、生物兵器、トルコ、アフガニスタン
CIAですらその存在を知らない超機密組織で働いていた諜報員の男は、静かな生活を求めて引退する。だが、マンハッタンのホテルで匿名で書いた犯罪科学の本をヒントにした殺人が起こり、彼が真の著者だと嗅ぎ当てたNYPDの刑事に説得され、捜査に協力することになる。
だが、それとは別に、世界を揺るがすような犯罪が静かに進行していた。せっかく組織を離れたというのに、男は『Pilgrim』というコードネームで大統領直属の諜報員として、単独で動くイスラム過激派テロリストSaracenを追うことになる。
Saracenは、サウジアラビアで異なる名前で生まれた。国王を批判した父親が公衆の前で斬首刑になり、それを目撃した少年は過激なまでに保守的な宗教組織にのめりこんでいく。もともと利発だったSaracenは戦闘の能力を発揮しただけでなく、新しいアイデンティティで医学を学び、医師として経験と知識を蓄える。
堕落したサウジアラビアの王族を退治するためには、彼らを支えている「遠くの敵」アメリカ合衆国を破滅させる必要がある。Saracenが聖戦の武器として選んだのは、天然痘のウィルスだった。しかも、遺伝子組み換えで致死率を100%にし、現存のワクチンが全く効果のないものだ。
その情報を掴んだPilgrimは、Saracenの動向を掴むためにトルコに行く。その表向きの目的として使ったのは、億万長者の殺人事件だった。それを捜査していくうちに、いくつもの謎がつながってくる。
だが、Pilgrimが予測したウィルス攻撃の日はどんどん迫ってくる。
どちらも「本物の名前をもたない男」であるSaracenとPilgrimの過去は並行して進み、最後の最後まで会わない。
そのうえでの邂逅であり、互いに自分が信じる「大義」のために「小さな正義」を犠牲にし、命をかけているところが見ものである。
そして、ヒーローは特に男性読者が感情移入したくなるかっこよさだ。
Pilgrimは、頭脳明晰で、正義感が強く、アスリートのように機敏で、クールで、情もある。そして、007とは異なり、仕事人間なので女になんか目を向けない。ちょっと出来すぎだが、アメリカ人の理想をぎっしり詰めたこのスーパー・スパイを、イギリス人の著者Terry Hayesが書いたというのはなかなかおもしろい。
Hayesは、ハリウッドでMad Maxなど有名な映画の脚本を長年書いてきた。そのHayesが、アメリカではなく英国で本作品を刊行したということや、英国で売れた1年後になってようやく米国で発売されたというのも興味深い(日本語での邦訳版ですら今年の夏に発売されている)。コネも沢山ある筈のHayesだから、アメリカの出版社に先に打診したと思うのだが、「こんなの売れない」と拒否されたのだろうか? 本の内容に関係ないことだが、好奇心を抱いた。
ところで、冷戦時代に流行ったスパイ小説の敵はソビエト連邦とロシアのスパイだった。第二次世界大戦前後の時代を扱ったものではドイツが敵として活躍した。そして、今はイスラム過激派テロリストだ。そして、世界を危機に陥れる「武器」も変わる。
スパイ小説は、歴史の移り変わりと大衆心理を反映するので、そういう意味でも興味深く読めるのではないかと思う。
文章はストレートで難しくないが、なんせ長い。また、どう関係しているのかわからないニューヨークの殺人事件とトルコの殺人事件、とぎれとぎれに紹介されるSaracenの過去とPilgrimの生い立ちなどが入ってくるので、混乱するかもしれない。けれども、600ページ以上の長い作品なのに、まったく飽きないほどアクションたっぷりである。
英語で読む自信がない人は、まず日本語版を読んでみるといいかもしれない。
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