著者:Harry Bingham
適正年齢:PG15+(高校生以上。描写は過剰ではないが、バイオレンスと性的シーンあり)
難易度:上級(ネイティブの普通レベル。だが、いったん物語に入り込むと中級程度に感じるだろう)
ジャンル:ミステリ/犯罪小説(クライムノベル)/警察小説
キーワード:精神疾患(Cotard's syndrome コタール症候群)/ウェールズ(Wales)/ラブストーリー/家族の秘密
ミステリのシリーズでは、主人公の人物造形(character developement)が最も重要な要素だ。プロットがどんなに優れていても、登場人物たちに魅力がなければシリーズを読み続けようとは思わなくなる。そんなことは作者にもよくわかっているのだが、いざ実行しようとなると、これほど難しいことはない。だから、なかなかみつからないのである。
最近私が出会ったミステリの魅力的な女性主人公が、Fiona Griffithである。
その理由のひとつは、Fionaがティーンのときに発症した精神疾患、コタール症候群である。自分が死んでいると信じこんでしまう疾患で、心身のトラウマが関連していることが多く、回復せずに死亡するケースが多い。Fionaは精神病院で2年間を費やし、日常生活ができるまで回復したが、全快ではない。
両親から愛情たっぷりに育てられたFionaには、トラウマの記憶はない。だが、最近彼女が知ったのは、両親が実の親ではないということだ。2歳半の頃に父の車の中に捨てられていたというのだ。Fionaの父は、ウェールズの暗黒街で尊敬されている犯罪者だが、有罪判決を受けたことはなく、現在は合法なナイトクラブ経営をしている。Fionaは、父がそれまでの自分の過去を隠していることを察知する。コタール症候群を発生する原因となるトラウマがその時期にあると疑うFionaは、独自に自分の過去を探ることにする。
コタール症候群があるFionaは、通常の感情を感じることができない。他人の情動が理解できなくて、ズレた行動をするし、規則に逆らうので、変人扱いされている。生きている人間よりも、死んだ人間のほうに親しみを覚え、死者と心が通じると幸福感も覚える。
天才的な頭脳と規則に従わないところ、ふつうの人と共感を覚えられないところ、小柄なのに凶暴な男性を相手に戦えるところなどが、The Girl With the Dragon TattooのLisbeth Salanderを連想させる。だが、Fionaには「普通になりたい」という希望も強く、ボーイフレンドや同僚の期待にそうために努力するところが健気である。
著者Binghamの妻が治療したコタール症候群の患者が自殺したという経験があり、この困難な疾患を抱える患者が回復するための葛藤をきちんと描く暖かさにも好感を抱ける。
1.Talking to the Dead(Fiona Griffith #1)
ペーパーバック: 368ページ
出版社: Bantam; Reprint版
ISBN-10: 0345533755
初版:2012年(英国)
娼婦とその幼い娘が殺害され、そこから、最近亡くなった富豪のクレジットカードが見つかる。ヘロイン中毒の娼婦が殺害されるのはよくある犯罪だったが、富豪とのコネクションは謎だった。
カーディフ警察の捜査は通常のルートを探るが、凡庸な上司たちのずっと先まで読めてしまうFionaはそれが間違っていることを知っている。けれども、平の刑事でしかないFionaには、勝手に捜査する権利はない。そこで彼女は陰で規則を破って勝手に調査してしまう。
Fionaのコタール症候群は改善しているが、ときどき症状がぶり返す。失った2年間の状態に戻らないように心身のチェックをし、マリファナで症状を抑える日常生活は、周囲に悟られてはならない秘密である。同僚の刑事Davidからデートに誘われるが、「ふつうの女の子だったら、こういう場合にどうするのか?」と悩みつつ慎重に行動するFionaを、読者はつい応援したくなってしまうだろう。
性的な話題やバイオレンスはあるが、よく比較されるThe Girl With the Dragon Tattooほどではなく、マイルドである。
2.Love Story, with Murders(Fiona Griffith #2)
ハードカバー: 400ページ
出版社: Delacorte Press
ISBN-10: 0345533763
発売日: 2014/2/18 予定
通常は犯罪がない中流階級の住宅地で、亡くなった老女のガレージの冷凍庫から若い女性の切断された脚が発見された。調査で近所から次々と切断された女性の身体部分が見つかるが、それに引き続いて、アラブ系の男性の切断死体も発見された。ふたつの猟奇殺人には関連があるのかどうか?
この事件を担当したのは、カーディフ警察で最も恐れられ、嫌われている女性DI(Detective Inspector)のWatkinsだった。普通の感情に欠けるFionaは、Watkinsのイライラや爆発に動じず、勝手な行動も取る。だが、以前の男性上司と異なり、WatkinsはFionaの才能を察知し、仕事を任せるようにもなる。
第一作では衝動的に規則を破ってきたFionaだが、この本では、その衝動を抑える努力をし始める。それには、実直で思いやりがあるボーイフレンドのBuzz(本名はDavidだが、Fionaがつけた愛称)が影響している。生きている者よりも死者に親しみを覚えるFionaは、「彼はふつうの女の子と付き合うべきだ」と申し訳なく感じるのだが、いつしか彼に特別な暖かい感情を抱いている自分に気づく。「これが愛というものなのか」と考えて嬉しくなったり不安になったりするFionaが愛おしい。
職場での噂をうまく抑えようとしたり、Watkinsの鋼鉄のような心にいつの間にか入り込んでしまうFionaには、第一作で打ち解けられなかった読者も、魅了されるだろう。
第一作よりもずっと完成度が高く、次が楽しみになった。
2月の発売までにぜひ最初の作品を読んでおいてほしい。
earthstarさま
ありがとうございます。
『ジャンル別 洋書ベスト500』では、古典から最近の昨日まで全ジャンル揃えていますので、そちらもよろしく〜(^^)
投稿情報: 渡辺由佳里 | 2014/02/06 07:28
これは面白そうですね。もう、自分で面白そうな本を手間をかけて探す必要がなくなりました。こちらで紹介されていた本で部屋が埋まりそうです。
投稿情報: earthstar | 2014/02/06 07:24