Oliver Sacks
288 pages(ハードカバー)
Knopf(2010年10月26日発売)
ISBN-10: 0307272087
ノンフィクション/神経科学/エッセイ
神経学者として興味深い症例について多くのエッセイを書いて来たオリバー・サックス博士の最新刊は、ビジョンと脳に関するいくつかのエッセイを集めたものである。
いつものサックス博士のエッセイのように、本書でも興味を惹かれる奇妙な症例が沢山紹介されている。例えば、突然譜面が読めなくなったコンサート・ピアニストや、他の症状はないのにある朝突然新聞の英語が外国語に見えるようになり文字を読む事ができなくなった小説家など、aphasia (失語症)とagnosia (失認、認知障害) の興味深い例を挙げ、脳には想像力やクリエイティビティ、そして前向きな姿勢で障害を克服するパワーがあることを示す。また、ずっと単眼視で育ったのに両眼視になった神経生物学者の話も興味深い。
しかし、何よりも読者が興味を抱くのは、著者自身の「face blindness」つまりprosopagnosia (相貌失認)の説明であろう。サックス博士は、重症の 相貌失認で、鏡に映った自分の顔すら見分けがつかないほどである。障害がない人には滑稽に思えるコンディションだが、本人にとっては非常に辛いものである。他人には誤解されるし、道にも迷いやすいので、新しい場所で人と会うのは難しい。これについて、もっと読みたいと感じる読者は多いだろう。少し、物足りなさを感じるかもしれない。
本書が特別なのは、サックス博士自身の闘病体験が語られていることだ。右目に発生したメラノーマのために視力を失って行き、けれども脳がそれに順応しようとする状況が、患者と研究者の視点で実に淡々と語られている。この冷静さの根底にある彼の心情を思うと、胸にせまるものがあった。
サックス博士が本書で伝えたかったメッセージは、「失っても、それが終わりではない」ということだと私は感じた。脳には非常に素晴らしい回復力がある。文字を読むことができなくなった作家は、聴力で本を読む術を身につけ、小説も書き続けた。楽譜が読めなくなったピアニストは、耳に頼って弾くようになった。そして、視力がない人にも、見える人よりも鮮やかなビジョンがある場合がある。
これまでの作品に比べて全体的なまとまりにやや欠けるきらいはあるが、十分読む価値がある本である。
●読みやすさ 中程度
ふだん小説ばかりを読む人は、医学用語がたびたび出てくるので読みにくく感じるかもしれない。だが、小説を読み慣れないノンフィクションの読者にとっては、かえって簡単に感じるだろう。
●オリバー・サックス博士によるFace Blindnessの説明
コメント
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