著者:Peter Mayle
2001年出版
エッセイ/食・文化
私のエスカルゴ初体験は28年前の夏、パリでのことです。
その前日まで私は夏休みを利用してロンドンで英語学校の夏期コースを受講していました。当時の為替レートは1ポンドが約450円(現時点では136円前後)。今英国に旅行する方々は同じ貯金をしていてもあの頃の私より3倍以上リッチということなります。私は片手なべを日本から持ち込んだだけでなく、倹約のためにときどき1日1食(コースに含まれている学校の朝食)に切り詰めてなんとか無事切り抜けました。ほっとしたのもつかの間、帰国の日にヒースロー空港がストで閉鎖になり、急遽パリ経由ということになってしまいました。
せっかくいただいたオマケの「パリ1泊」ですが、フランに両替するお金が残っていません(日本に着いてからのタクシー代もいりますし)。でもお腹は空きます。そこで私は5百円札を持って受付カウンターに行きました。
「うわぁ、こんなお札見たことがない」とはしゃいでいた受付の若いお兄さんですが、フランに変えて戻ってきたときには複雑な表情になっていました(こんなに安いとは思っていなかったのでしょう)。
そのフランを持っていかにも安そうなレストランに思い切って足を踏み入れたところ、客が誰もいないのです。悪い兆候なのですが、逃げ出す勇気もありません。渡されたメニューを受け取り従順にテーブルにつきました。
読むにつれ、冷や汗が……。
安いレストランでも私が持っているお金で注文できるのは前菜のいくつかだけなのです。
でもそこはもともと食い意地がはっている私のこと、すぐに立ち直って「せっかくのパリなのだからエスカルゴを食べよう」と決意しました。
安いレストランですから、時間の節約のためでしょう、それぞれのテーブルにはすでにパンが入ったバスケットが置いてあります。それをエスカルゴのガーリックバターに浸した美味しさときたら……、まるでHeavenでした。ロンドンを経ったときからずっと食べていませんから、4人分と思われるパンなんかあっという間に平らげてしまいました。でも、まだお腹が一杯にはなりません。ガーリックバターも残っています。レストランを見渡すと、まだ客は私ひとりです。ギャルソンも休憩しているのか見当たりません。
私は空になった自分のバスケットをつかみ、隣の隣(隣だとあからさまだから)のテーブルに行ってパン入りバスケットと交換し、風のようにすばやく戻ってきました。
これが私のエスカルゴ初体験で、いまだに5百円以内で食べた最高のフランス料理です。
こういった食に関する体験談のエッセイで私が一番好きなのは、イギリス人作家のPeter Meyleのものです。引退してフランスのProvenceに引っ越したときの滑稽で心温まる体験を描いた「A Year in Provence」ですっかりファンになり、小説のHotel Pastisも含め、ほとんど全作品を読みました。
そのMeyleが2001年に久々に新刊French Lessonsを出したとき、同じ場所で講演する機会に恵まれた夫が「私のワイフがあなたの大ファンだから」とお願いしていただいたのがこのサインです。
この本は、Provenceを離れ、美味しいものを求めてフランス中を旅して回ったエッセイです。蛙、チーズ、チキン、エスカルゴ、ワイン……、とフランス人の食に対するこだわりを、Meyleらしいユーモアある語りで紹介してくれます。ミシュランガイドについての逸話も、日本人には興味深いのではないかと思います。
●ここが魅力!
Mayleの魅力は、すばらしい人物や食に対する愛情もさることながら、変人や変わった食材、習慣をユーモアと慈しみをもって語ることです。たとえば、エスカルゴを食べている最中に「エスカルゴを野生に放置すると、毒のあるキノコなどを(人を殺すことのできるほど大量に)食してしまう」とフランス人に聞かされる逸話などには、つい吹き出してしまいます。(絶食させればまた食べられるようになるとのことですが、やせたエスカルゴは美味しいのかどうか気になります)こういった食や習慣とのユニークな出会いができる彼の本を読むと、ついフランスびいきになってしまいます。フランスに行ったことがある人だけでなく、行きたいけれど行ったことがない人の両方が楽しめる本です。ぜひお試しください。
●読みやすさ ★★★☆☆
エッセイストになる前には、広告業に従事し、教育に関する本を出版したこともあるMeyleなので、気取らない読みやすい文章です。けれども、アメリカのヤングアダルト本に慣れていると、最初のうちだけ英国英語が取り付きにくく感じるかもしれません。
でも、エッセイですから、最初から最後まで几帳面に読む必要はありません。面白そうな話題のところだけをつまみ食いすればそれで著者のMeyleは十分喜んでくれるでしょう。
●アダルト度 ☆☆☆☆☆
誰が読んでも大丈夫なマイルド本です。
●この本が気に入った方にはこんな本も…
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