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グドール博士も体験したジャングルのハイキング
アース・トレインの活動に共感し、恊働している人や組織は多く、チンパンジーの研究で有名なジェーン・グドール博士もそのひとりです。博士は、「猿たちに一番近い場所に泊りたい」と原生林に一番近い小屋に泊り、Howler monkey(ホエザル)の吠え声を目覚まし時計にできたことを喜んでいたそうです。この日は、グドール博士も体験したジャングルのハイキングです。
以前からグドール博士に憧れていたので、でかける前から興奮気味です。
アース・トレインは、個々が体験を通じて考え、工夫し、解決策をみつけることを重視しています。経験の浅いリーダーたちが、足元が危うい場所で手を差し出して助けようとすると、「おい、何をしているんだ?」と止めます。
「そこで助けてしまったら、この人には学びがないではないか」と。
そういう信念があるので、われわれがハイキングの前に受けたオリエンテーションはものの5分。下記のようなことでした。
1)長袖と長いスボンを履くこと。歩きやすいハイキングシューズを履くこと
2)防虫剤をしっかり塗ること
3)水は1.5リットル以上持って行くこと
3)登山杖は非常に便利なので使うこと(枝で作った杖が用意されていました)
4)人間も四つ足動物。遠慮せずに手足、膝、など身体のすべてを利用すること。
5)途中で何かを発見して見たくなったら、立ち止まることを他の者に知らせること
6)静かにマインドフルにジャングルを体験すること
面白いのは、ネイサンとリーダー(これは名前。Lider Sucre氏のこと。詳しくは先日の記事をどうぞ)の違い。
ハーバード大ビジネススクール出身のビジネスマンでありながらもエコツーリズムのガイドの資格をとったリーダーは、論理的にリスクを吟味するタイプです。でも、かつてオックスファム・アメリカの災害対応責任者として全世界の被災地を飛び回ったネイサンは、かえって「大丈夫、大丈夫」という徹底した楽観主義です。
ハイキングシューズについても「僕は道のでこぼこを感じるほうが良いから、ジョギングシューズをおすすめするよ」と自分のジョギングシューズを見せます。長ズボンには賛成ですが、「半袖でも大丈夫だよ」と言うので、リーダーがすかさず「ネイサンは、自分と自然の間に何も隔たりを持ちたくない人だからね。彼の場合はTバック(ソング)でも平気」と茶化します。
いよいよ出発
午前8時、ライターのナンシーとエィジア母娘、私たち家族、そしてアース・トレインのネイサンの家族(奥さんのジータと7才の息子アドリアーノは、パナマ在住)、リーダー、キャンパスの管理人レアンドロの10人がそろって出発しました。
先頭を歩くのは、マシェット(大刀)を持つレアンドロです。
それに続くのが、ナチュラリストのリーダー。
「レアンドロの真後ろにはつかないこと」と言われたので、私たち家族はリーダーの後ろに続きました。私たちが植物や動物をみつけたら、リーダーが必ずそれらについて教えてくれるからです。
スタートする前の「急勾配を登る最初の部分さえ終えれば、後はそんなに大変な場所はない」というネイサンの説明は、半分以上まちがっていました。
まず、急勾配というと30°から45°程度を想像しますが、ここの急勾配は、「はしご」のレベルなのですよ。木の根っこにつかまって身体を持ち上げなければならないような場所が続き、最初から「四つ足動物」体験です。
これが、約30分休みなく続くのです。
ようやくそれを終えると、また上り坂が続きます。
平坦な道は殆ど皆無。登りか下りかのどちらかです。
『過去10年以上ジョギングしていて良かった』、としみじみ感じました。
でも、ネイサンがまちがっていたのは、その部分ではありません。
「急勾配さえ終えれば、後は大変じゃない」という部分です。
実は、「上り坂」は、一番楽な部分なのです。どんなに急な坂でも上り坂が来るとほっとします。スピードも上がります。
恐いのは「下り坂」。
上の写真の角度がおわかりでしょうか?ほぼまっすぐ見下ろしてる感じです。でも、これはましなほう。
濡れている場所が恐いのです。
乾季とはいえ、大陸分水界近くのジャングルでは雨はしょっちゅう降ります。濡れた表面は、泥であれ、木の根っこであれ、よく滑るのです。普通の角度であれば降りるのはさほど恐くないのですが、何の滑り止めもない45°くらいの泥の坂を想像してみてください。そういう箇所はサバイバルに必死だったので、写真を撮る余裕がなかったのですよ。
何度か転びましたが、そのうちのひとつは、『転びそうだなあ。止められるかなあ?…妙に止めるとかえって危ないから転んでしまおう』というもので、それを見ていたリーダーに、「これまで目撃したなかで最もエレガントな転倒」と言われました。
下り坂以上に恐いのが「川沿いの石や岩の上を歩くこと」です。
写真で見ると、優雅で簡単そうですよね。
でも、「ひとつのステップを確立してから次の足を踏み出す」というルールに従っても、ちゃんと確立した筈の足が、体重をわずかに移動しただけで突然つるっと滑るのです。泥道であれば、転んでもたいした怪我にはなりませんが、岩の上だと致命的な怪我をしかねません。
じつは、ちょっとずれたら大惨事、という転倒もありました(今思い出しても、ちょっと震えます)。
パナマの原生林の生物多様性
もちろん大変なことばかりではありません。
先日書いたように、南北アメリカを繋ぐパナマは"biological corridor”(生物学的な回廊地帯)と言われています。「生物多様性」で最も重要な場所に位置しているジャングルですから、いろいろな生物を観察することができます。
原生林を歩いたからといって必ず観察できる保証はないのですが、この日の私たちはラッキーでした。
数が激減して絶滅が案じられているRed Spider Monkey(アカクモザル)を観ることができたのです。
お手柄は視力が良い私の夫です。
「僕でも、この原生林で二度しか見たことがない」とリーダーも興奮気味でした。(下の写真はCalPhotosのものです)
アカクモザルの数が少ない原因のひとつは、非常に肉が美味しいので過剰に捕獲されたからです。もうひとつは、フルーツやナッツを食料にしているアカクモザルは、葉っぱも食べるホエザルに比べて環境変化の影響を受けやすいのだそうです。
昔2.0以上の遠視で、スイスのキノコ狩りで活躍した私ですが、残念ながら現在では眼鏡がないと20m先もピンボケ状態。汗だくなので眼鏡はかけられず、全然発見の役には立ちませんでした。
でも双眼鏡の助けで、アカクモザルだけでなく、ホエザルや野鳥の数々もしっかりと目撃。とても実りあるハイキングでした。
リーダーによると、私たちがとても静かだったからではないかとのことです。たいていの人はおしゃべりをしたり音を立てたりするのですが、私たちは不要な会話をいっさい交わさなかったので、「これまで案内した人びとの中で最も静かだったという賞をあげたい」と何度も褒められました。
恐怖の蟻体験
私は蜘蛛恐怖症なのですが、娘は「蟻の集団恐怖症」です。
数年前コスタリカに行ったときに蟻のコロニーを観察したのですが、それ以来、蟻の集団を想像するだけで冷や汗が出るほどの恐怖症。パナマを訪問する前に「それ以外は何でも大丈夫」と言っていました。
ジャングルで蜘蛛には遭遇しなかったのですが(タランチュラがいそうな穴は見つけましたが、無視しました)、蟻には沢山遭遇しました。ひとつは、巨大なBullet Ant(ネッタイオオアリ)です。
「これに刺されると、悶え苦しむほど痛いから気をつけてね」とリーダー。これは単独で行動する蟻です。
中米で有名なのはLeaf Cutter Ants(葉切り蟻)ですが、他にもいろいろいます。軍隊蟻は有名ですが、これは家の中の害虫をすべて退治してくれるので、良い蟻なんだよ、ということでした。われわれ素人は、「蟻の大群が人間を襲い、その後には骨しか残っていない」というホラー映像を想像しがちですが、そういうのは「嘘」なんだそうです。蟻が食べたいのは虫なので。
巨大なコロニーを見つけたリーダーが呼び止めました。
「説明するからそっちに立って」と言われて娘はそちらに行きます。
『勇気があるなあ』と感心しつつ、iPhoneで下のビデオを撮っていたら「ふひゃー」といった弱々しくも危機感あふれる叫び声が聞こえるではありませんか。
ふと目を上げると、パニックに陥っている娘にリーダーが「蟻は水が嫌いだから、水に入りなさい」と命じています。水深2cmくらいの小さな流れに入った娘の足を2人くらいが必死で払い落としています。私も大慌てでそこに加わりました。
「『そこに立って』と言われた場所に立って話を聴いているときに何かが手に触れる気配を感じて見たら、登山杖がびっしり蟻にたかられていて、そこから蟻が手に登り始めていた。パニックを起こして杖を落とし、足に目をやると、両足から蟻が上に向かって這い上がっていた」とのこと。
なんと、蟻の集団を怖れる娘だけが蟻に襲われたのでした。
そこでネイサンがすかさず「そういう映画があったよね。蟻の集団に襲われた後、骨しか残らないっていうの」と冗談を言います。やっぱり同じことを考えるんですね。
これがまさに娘の悪夢なんですが…。
皆が娘の足の蟻をつまんで捨てている間、夫が何をしていたかというと…
写真を撮ってたんですよ!
後でこの写真を見つけた娘が、「どういう父親なのよ!」と怒っておりました。
娘の蟻に関する災難は、これで終わったわけではありませんでした。
1時間後にまたしゃっくりのような小さな悲鳴が...。身体を支えようとして枝を掴んだときに、針で刺されるような痛みを覚え、指を見たら小さな穴があいていたというのです。どうやら、大の大人でも苦悶するというネッタイオオアリに刺されたようです。
リーダーにから渡されたベネドリル(抗ヒスタミン剤)を服用したら、夜には痛みが収まったようですが、グループの中で唯一の蟻嫌いだけが蟻の災難にあったというのはまったく不運なことでした。
ネイサンが後で送ってくれたビデオが、葉切り蟻のコロニーの様子をよく表しています。蟻嫌いでない人には、興味深いビデオですよ!
美しい植物との遭遇
観察できたのは動物だけではありません。
とても美しい花の数々も。これらは、この1日で見た花の一部です。
中には、リーダーですら「見たことがない」という花もありました。これも夫が見つけたので、「もし新種だったら、名前をつけてもらえるかもね」 と僅かな期待すら…。
達成感
ここは大陸分水界です。
写真に見えるのが、カリブ海(大西洋)側で、これまで私たちが歩いて来たのが太平洋側です。「よくやった」という気分になれます。
川沿いでの最後の休憩では、インスタントではなく豆のコーヒーまで作ってくれました。カフェインと砂糖の力を借りて、最後のひとがんばりです。
午前8時にスタートして、ようやく帰還したのが午後5時半頃です。10時間近いハイキングをしたことになります。本当はもっと早く終えられたと思うのですが、グループの中に体力的に辛い方がいたので、その人のペースに合わせたからです。
最後の1時間は、冷たいオレンジジュースを飲むことばかり考え、できれば走りたかったくらいです。ハイキングの後最も美味しかったものとして意見が一致したのが、フレッシュなパイナップルです。ここで育てているのですから、特別美味しいのですね。
パイナップルはハワイが原産地ではありません。中央アメリカなんですよ。
そして、予想以上にハイキングに役立ったのが、ほぼ日のタオルでした。
湿度も温度も高いので常に汗だく状態なのですが、これを首にかけていたので簡単に目に入る汗を拭うことができました。吸水性も優れていて、普通のタオルだったら無理なほど大量の汗を吸い込んだ後でも役立ったのには感心しました。
これがジャングルに行った後のタオルくんです。ご苦労さま。
続きは、ネイサンとアース・トレインから学んだことです。
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