Still Alice
作者:Lisa Genova
2009年1月6日発売
50歳の若さでアルツハイマー病の診断を受けた女性の視点から描いた小説
ハーバード大学の心理学教授Alice Howlandは、職場では同僚や学生から尊敬され、私生活でも愛する家族に恵まれていた。だが50歳の誕生日を目前にしてこれまで経験したことのなかった物忘れが増え、ジョギングの途中で帰り道がわからなくなる。予期しなかった「早期発症型家族性アルツハイマー病」の診断を受けたAliceは、自殺という選択肢を考慮しつつもなるべく長い間「自分らしさ」を保とうと努力する。
子供たちは、最初はショックを受けたものの母親のAliceの変化をそのまま受けいれようとする。しかし、妻の鋭利さに長年無意識のうちに頼ってきた夫のJohnはそれができない。彼は自分のやり方で対処しようとするが、それは必ずしもAliceの求めることではない。
作者のLisa Genovaは、大学で生体心理学を学び、ハーバード大学で神経科学の博士号を得た科学者である。この分野にもともと詳しいだけではなく、患者を扱う専門医を取材し、Dementia Advocacy & Support Network International (DASNI)やDementia USAなどのサポートグループに加わって患者や家族を取材し、現実に即した内容であることを重視した。特にAliceの視点については、サポートグループの患者に原稿を渡して訂正を依頼し、間違っている描写はすべて書き直したという。
それだけあって、患者ではない者が書いたものとしては、もっとも患者の視点に近いものだといえるだろう。
ずっとこの本を持っていながら今まで私が読まなかったのは、アルツハイマー病がテーマだということでJohn Bayleyの「Elegy for Iris」を連想したからである。Bayleyの本とそれに基づいた映画には心動かされたが、愛する者が変貌してゆくことに対する、哀しみ、怒り、フラストレーション、そして自己憐憫といった生々しい伴侶の感情に付き合うためには相当のエネルギーが必要だ。その覚悟をするのに時間がかかったのである。
読み始めてすぐ気づいたのは、「Still Alice」が「Elegy for Iris」とは異なる本だということだ。
まず、秀でた知性をもち尊敬される地位にある女性が、「自分らしさ」の中心だった優れた知能を失ってゆく悲劇という点ではAliceとIrisはよく似ている。しかし、「Elegy for Iris」が伴侶のJohnの視点のみだということに対し、「Still Alice」は患者であるAliceの視点から書かれている。その点では、深刻さが異なるものの、自閉症の少年が主人公の「The Curious Incident of the Dog in the Night-time」やアスペルガー症候群が主人公の「Look Me in the Eye」と共通点がある。
この小説の優れた点は、主人公のAliceに容易に感情移入できるところである。
自分を失う恐れ、意志を無視されることへの怒り、「家族の重荷になってまで生きていたくはない」という自殺願望、「愛とは頭脳(マインド)に存在するのか、それともハートなのか」という自問などは、まるで自分のことのようにずしりと重く胸に響く。
アルツハイマー病の患者に直接関わったことがない読者でも、「私ならどうするだろう?」と自らに問いかけずにはいられない。そして次には、自らの家族を思い浮かべ「彼らは私をどんなふうに扱うのだろう?」と不安に襲われる。それは、決して居心地のよいものではない。しかし、アルツハイマーにかかった者やその家族には、「考えない」という選択肢はないのだ。
私が夫に「この本を読むべきだ」と薦めたのは、たとえそれがアルツハイマー病ではないにしてもこれから老いてゆく私たち夫婦がきっと対面する問題をあらかじめ語り合うきっかけになると思うからだ。
Still Aliceの「Still」は、「それでも」とか「いまでも」といった意味で、アイデンティティの中核だった優れた知能が失われていってもAliceはAliceなのだというメッセージが含まれている。
テーマはアルツハイマー病だが、患者や家族以外にも広い読者を得ることができるだろう。
作者のGenovaによると、日本語版は講談社から出版されるとのことである。
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